人形の主
「うおおおおおおおおおおッ!!」
叫ぶ信也。震える足を押しだしディアリッチオに駆ける。
だが、ディアリッチオは彼に向かいゆっくりと歩き、剣を振る信也の直ぐ横を通り抜ける。
その時、財布を掏るような動作で信也の左腕を圧し折った。
「があぁぁぁぁぁっ!?」
「なんと脆い。これが女神の勇者か」
落胆したように告げながら左足を蹴り折る。
「ぎぃぃぃぃぃっ」
「どうした勇者よ。お前の力はこの程度か?」
つま先で蹴るだけで信也の右足が吹き飛んだ。
一瞬で三肢が使用不能になった信也は、眼を見開き苦痛に耐えながら、なんとか右腕で剣を振る。
しかし、これを指先一つで止めたディアリッチオは、そのまま剣を押し戻し、信也の右腕を折り曲げる。
「ぎゃああああああああああああああああああああっ」
「汚い悲鳴だ。復讐しようにもこれ程脆くては復讐にすらならん。どうしたものだろうな勇者よ。なぜ貴様はそれほど弱いのか」
「ぎぐぎぃぃ、お、俺が、俺が弱い? ふざけるなっ、ふざけるなッ!! 俺は勇者だ。女神に選ばれた勇者だぞ! その俺が弱い訳があるかっ! チート能力が、クソっ、見ろ、俺の身体には超即再生が……ぎがあぁぁぁぁっ!?」
再生を始めた四肢を踏みつけるディアリッチオ。
なんとか復活した両腕でディアリッチオに攻撃を仕掛けるが、足だけで蹴り砕かれる。
倒れた信也の股間を蹴り飛ばし、信也の身体が吹き飛んだ。
無様に転がされた信也が岩にぶつかって止まる。
「す、凄い……」
「ユクリ様。下手に近づかないように」
言われずとも分かっておる。とユクリは戦場を見回す。
サイモンは自分の近くだ。どうやらユクリの居るここが一番の安全地帯だと思ったらしい。
戦場自体は連合軍の数こそ多いが、最強ともいえたギーエンが魔族側に鞍替えしているせいで戦況は魔王軍が押している。
一時は全滅していたペリカ、メロニカ、ブルータースもディアリッチオの御蔭で復活したし、今も魔族にのみ常時回復、常時復活が適用されているため、ディアリッチオが死なない限り魔王軍に負けが無くなっている。
連合軍の士気もかなり低い。
それもこれも勇者が一方的に魔神にやられているからな訳だが。
どう贔屓目に見ても、信也がディアリッチオに勝利する方法など皆無であると言えた。
「このまま、何も無ければよいですが……」
「何も無いと思うか? 多分……無理だ」
ほぼ勝利は確定している。確定している筈だった。
「何を、しているの……?」
女神、矢鵺歌が来るまでは。
「弓羅矢鵺歌?」
ユクリが気付いた時には、既に戦場に辿りついた矢鵺歌がディアリッチオに向って早歩きで近づいている所だった。
矢鵺歌はづかづかとディアリッチオに近づく。
ディアリッチオも彼女に気付き、信也の頭を足で踏みつけ彼女に振り向く。
「おや、これはこれは。いかが致しましたかな?」
「何をしているのかしら、ディアリッチオ?」
「何を? 我が森を破壊した勇者を砕くところですが、何か?」
「止めなさい。ソレは私が直接選んだ勇者よ。人形のあなたが殺していい存在ではないの」
「人……形?」
「あら、それすら忘れてしまったの?」
溜息一つ、矢鵺歌はふぅっと息を吐く。
「ディアリッチオ、女神サンニ・ヤカーより勅令を下す。勇者と共に魔族を滅ぼしなさい」
「何を言って……っ!?」
矢鵺歌が告げたその刹那。
ディアリッチオは自分の思考を押し流すような脳内指令に驚いた。
女神の言葉を実行せんとディアリッチオの身体が動き始めたのだ。
真名命令ともカードによる隷属とも違う。自分を形作る根源からの勅令だ。
「これは、まさか……」
「本当に、忘れていたのね。あなたは私が作りだしたただの人形。本来自我など必要無かったのに変な変化を起こしていたから放置してあげていただけ。ふふ。つかの間の夢は楽しかった? お人形さん」
そんな事実、知りたくはなかった。
ディアリッチオの思考を押しやり、命令を実行せんとする指令が脳内を埋め尽くして行く。
折角溜めこんだ知識を消し去るように、ディアリッチオの自我が押しやられていく。
「バカな!? バカな!? 私は、女神の操り人形などでは、ない。我はディアリッチオ。魔神の一柱で、魔族は抹殺する……するなぁッ」
頭を抱えよろめくディアリッチオを放置して、矢鵺歌は信也を助け起こす。
「随分やられたわね信也」
「うぅ、女神か……助かった」
「これから私は女神に戻る。あなたはさっさと魔王を討ち滅ぼしなさい」
「……ああ、任せろ」
再生した四肢で信也が立ち上がる。
よろめき必死に指令に抗うディアリッチオを一度だけ流し見て、放置した彼はユクリに視線を向けた。
「さぁ、再戦だ魔王の娘! 勇者様が魔王諸共成敗してやる!!」
「抜かせ。女神の助けなくば一般にも満たぬ三下めが」
もはやディアリッチオは当てに出来そうにない。勇者の相手は自分が行う。ユクリは決死の覚悟を決めた。




