魔王軍南方防衛線8
「母さん……?」
ルトラと若萌、その背後から、萌葱はゆっくりと近づいて来た。
「初めまして。でいいのかな? 一応予備知識としていろいろ聞いて来たから大丈夫なんだけど、私の娘ってことでいいのよね。まだ結婚すらしてない状態で同い年くらいの女の子にお母さんと言われても不思議な気分だけど」
苦笑いしながら萌葱は名偉斗に腕に装着した小型ボウガン、コバルトアイゼンを向けると、迷うことなく矢を連射する。
悲鳴が轟く。
必死に身をよじり拘束から脱出しようとする名偉斗だが、茨の強度が予想以上にあるようで、肉に食い込むだけで満足に動けないらしい。
「あなたもセレスティアルフェザーを持ってるなら使えるでしょ? なんで使わないの?」
「そ、それは……」
青ざめし秘密の花園。それは彼女達の武器セレスティアルフェザーという聖剣が持つスキルの一つにして救世主の必殺技だ。
地面から突き出た茨で敵軍を纏めて拘束し、流れた血で青く咲き誇る薔薇園を作りだすスキルである。
絵面があまりにも酷いので萌葱も最初の頃は吐きまくっていたのを思い出す。
「このスキル極悪だものね。流石に吐いちゃうくらいトラウマものだから使いたくない?」
「は、はい。すいません」
予想外の人物に会ったせいか、若萌は借りて来た猫のように縮こまり、他人行儀に遠慮がちにちらちらと萌葱を流し見ては恥ずかしそうに顔を伏せている。
「なんというか、似たようなのが増えたな。まぁ、その辺りはどうでもいいが、勇者をどうする? このままでは拘束破って出て来るぞ?」
「安心して、トドメを刺させて貰うから」
言って、萌葱はコバルトアイゼンを腕輪へと戻し、アイテムボックスから黒き剣を取り出す。
コバルトアイゼンは腕輪状に収納できる便利な武器なのだ。若萌は未来でもう使わないからと萌葱から貰ったのだが、それまでは彼女、萌葱が使っていたものだ。だからこそ若萌よりも上手く使っているように思えた。
「若萌ちゃん、だっけ。救世主の闘い、見た事あるかもだけど、参考に見てて、双剣の使い方は、こうするの!」
二つの剣を構え、萌葱はスキルを唱え出す。
それも一つや二つなどではない。
「ずっしりとした霞、高慢な衛兵、暴力的な闇、致死之痛撃致死之痛撃致死之痛撃致死之痛撃……秘儀絶死の煉獄」
剣閃が舞った。
ただ一撃ではない。双剣による身動きの取れない相手への連続攻撃。
その一撃一撃に、激痛伴う致死之痛撃が付加されている。
「ぎ、ぃぎゃあああああああああああごぉぉぉがぁぁぁっぎがあぁぁぁぁ――――……」
途中から、白眼を向いた名偉斗から力が抜ける。
気絶したのだろうか? 時折びくりびくりと痙攣して、口から泡を噴き出している。
身体からはあらゆる体液が漏れ出し、受けた痛みの壮絶さが伝わって来る。
それでも止まらない萌葱の連撃。
彼女の連撃は名偉斗からアイテム入手確認のダイアログボックスが出て来るまで続いたのだった。
「すげぇな……僕様もいろいろな人物見てきたがよぉ、ディア様以上に闘いたくない相手を見つけたのは初めてかもしれん」
「我が母ながら……酷い」
「ちょっと、私が極悪人みたいに言わないでよっ。一応正義の味方やってるのよ! しかも役職は救世主だしっ」
しかし扱うスキルはどう見ても極悪だった。
萌葱はアイテムを入手して名偉斗にトドメを刺すと、北へと視線を向ける。
「二人とも、勇者が居なくなったからこの戦場は任せて北に向かうけど、どうする?」
「僕様は残るよ。一応南の戦線を維持しとかないとな。危険が無いか見ておくさ」
「わ、私は一緒に……」
「ん。じゃあ若萌、早速だけど行きましょう。ルトラ君、他のメンバーも南の戦線は任せるわ」
二人が戦場を離れる直前、丁度アウグルティースが軍を率いて戦線に合流。挟み撃ちになったエルダーマイア軍が絶体絶命の窮地に陥っていた。
光子も戦線に参戦し、今まで仲間であったエルダーマイア軍を蹂躙し始める。
さらにカルヴァドゥスに真名を捧げ、魔王の命令以外聞かなくなった琢磨と十三までが戦線に加わると、エルダーマイア軍に勝ち目など無くなってしまい、一気に崩れ逃げ出す兵士が出始める。
魔族側に逃げても意味が無いのでなんとかアウグルティース軍を突破しようする兵士が多く、これもまた討ち取られて逝った。
「僕様、残った意味無かったかもしれんな……」
ルトラの呟きを聞きながら、萌葱と若萌は北の戦線へと走りだすのだった。




