反逆の狼煙
「よぉ、正義の味方」
目の前に、武藤がいた。
人間状態の彼は普通に学校にやってきて、クラスメイトに挨拶するような気軽さで、俺に向けて挨拶して来る。
思わず目をこする。ジャスティスセイバー状態なのでバイザーに当って擦ることはできなかったが、夢でも幻でもないらしい。
まして、彼の後ろに居る二人が、こいつがナビゲーターなどではなく本物であると物語っている。
中肉中背、特段特徴のない何処にでもいそうな武藤の背後には、背の低い赤髪ツインテールの少女。巨大な胸の彼女は、白銀に輝く鎧を身にまとい、竜鱗の靴を踏み鳴らし、雄々しく立っている。
その横には、感無量。と言った顔で俺を見つめる、聖銀に輝く鎧を身に付けた少女。
前に見た時よりは幾分大人びて見える彼女は、黒髪のストレート。腰元まで長い髪が風に揺れていた。そして、その若萌に似た顔立ちで涙を流す。
武藤たちから足を踏み出し、一直線に俺に向かって駆けだした彼女は、俺に抱き付く。
咄嗟の事で何も反応出来ない俺を抱きしめ、大泣きを始めてしまう。
「も、萌葱?」
「見付けたっ。ようやく、見付けたっ。ずっと、ずっと探してたんだからっ。セイバーさんのこと、手塚さんに頼んで、沢山の異世界に向かって貰って、ずっと、ずっと、ずっとっ!!」
何が起こったのか理解しきれず戸惑う俺の腕を、武藤が持ち上げ若萌の頭をなでるように乗せる。逆の腕を彼女を抱きしめるように背中に回された。
ようするに、こうやって抱きしめて慰めろってことらしい。
お前じゃないんだ。俺がこんなこと出来る訳ないだろっ。
叫びたい気持ちを押し殺し、武藤の目的通りになるのを癪と思いながらも萌葱を慰める。
きっと、彼女は探してくれていたんだ。
彼女が好きなのはジャスティスガンナーじゃなくて、俺だったって、若萌に気付かされたから、分かる。
彼女はずっと、探してくれていたのだ。
自分では探しに行けなくて、やきもきしながら待つだけだったかもしれないけど、それでも、ずっと彼女は俺を探してくれていた。
「喜べ河上。萌葱がどうしてもっつーからあたしも必死にマロンやらグーレイやらに異世界連れてって貰ってお前探しまくったんだからな。まぁ、決め手はアンゴルモアの奴が見つかったことだけどな。あいつに感謝しろよ、お前がこの世界にいるって教えてくれたんだからな」
しばし、萌葱を慰めていると、赤髪の女、手塚至宝が近づいて来る。
って、アンゴルモアの御蔭?
「アンゴルモア? あいつ、この世界で死んだ筈だろ?」
「あー、その辺りは知ってンのか。その後すぐにあたしが見付けてな、遺体回収して生き返した。リザレクション使えンだあたし」
知ってる。異世界の勇者様だもんな。でも、そうか。アンゴルモアの奴、生き返ってたのか。
「それで、そのアンゴルモアは? 地球に戻れたのか?」
「……あー、いや、その、な」
なぜかそっぽ向いて頬を掻く手塚。おい待て、あいつまた何かに巻き込まれたのか?
「地球に着いた途端に召喚されてまた異世界行っちまったらしいぞ」
「アンゴルモア……不憫な奴」
武藤の言葉に溜息を吐く。
ああ、なんだろうな、この肩の荷が下りた感覚というか、今までの辛さが一気に消えたような気楽な感じ。
こいつらが来てくれた。それだけで、もう、女神に負ける気がしなくなるなんて……
『あーあー、ただいまマイクのテスト中ー。異世界の人聞こえますかー』
もう少し、俺の級友たちと歓談を、と思った矢先だった。
突然空から声が降って来た。
聞き覚えのあるイラつく女の声に、萌葱が俺から離れる。
俺が何か言いたい視線を武藤に向けると、武藤も苦笑いで空を見る。
「まぁ、神様方もこの世界を見始めたからさ、マロンの奴もいるわけだ」
「あの駄女神の声か。やる気がうせるな」
『おい、こら。テメーら後でしばくわよっ』
「俺はお前をシバキたくてうずうずしてるよ。そろそろちょっとヤキ入れに行っていいか?」
「それいいな。あたしも手伝うぜ薬藻」
「そうですね。セイバーさん関連でもいろいろ問い詰めたいし」
『ちょ。なんでこっちがしばかれる側なのっ!? あちき悪いことしてないでしょっ!? それに萌葱っちセイバー関連はあちきのせいじゃないからっ』
こほん。咳を付くように話しを区切り、駄女神マロンと思しき声が真剣な声で声を降らす。
『これからはわたくし、女神マロンと検察官やってるグーレイっちがナビゲートするわ。早速で悪いけど薬藻っちはフラージャ洞窟向かって。グーレイっちが遣わした別世界の娘から救難宣言受けちゃったのよ』
「え? 遠くね?」
『萌葱っちは南、セイバーと至宝っちは北に向かって!』
「待て、東はどうする!? カードの勇者が……」
『問題無い無い。セイバーっちが考えるのはこの世界の女神を倒す事だけよ。面倒事はこっちでやるから、とりあえず一発ぶっ飛ばしてやりな』
いや、問題無いのならいいけど、本当にいいのか?
「はぁ、ったく、後でマジでシバくとして、だ。時間なさそうだし行って来るわ」
「スピードアシスト。薬藻、速度上げる魔法使っといたから行って来な。こっちは勇者と救世主様に任せてくれや」
「死に戻んなよ至宝。行って来る」
武藤が走りだす。
「flexiоn!」
途中で光り輝き人から怪人へ。その後ろ姿が一瞬にして見えなくなった。
「露払いは任せな」
「さぁ、行きましょう、セイバーさん。私達の正義をこの世界に刻みつけてやりましょう」
勇者が笑みを浮かべ、救世主が手を差し伸べる。戸惑うテーラを放置して、俺は立ち上がる。
勇者と救世主に導かれるように、赤き魔王が動き出した。
黒の聖女。疑って悪かった。もう、迷わない。迷う必要すらない。
女神……これより先が魔王の反逆だ。




