北方攻防戦5
「そらァッ!」
楽しげな信也の声が響く。
回避一辺倒のメロニカは、防御することすらもできず軽く振られた剣をギリギリで避けて行く。
防御に回れば防御ごと一太刀にされる。それを理解しているからこそ、信也の連撃を全て躱しているのだ。
正直な話、回避の高い種族である鳥人族であるが信也の連撃をそういつまでも躱しきれはしない。
彼女の死はほぼ確定したと言っていいだろう。
それでも、できるだけこの男を自分で陽動し、他の魔族に被害が出ないようにする。
「ははっ。いいぞ。どんどん逃げろ。さっさと死んだらつまらねぇからなァ! これだよこれ。この戦ってる感が欲しかったんだ! そらそら、ぶった切っちまうぜ!!」
もはや反論すらできない。
相手の目線を読み、手元を見て、次に来る攻撃を予測して避ける。
その事だけに必死で、周囲など見る余裕はなかった。
メロニカは歯噛みする。こんなことなら妹に任せきりにするのではなくて自分の戦闘経験を底上げしておくべきだった。と。
「っ!?」
しかし、やはり終わりは突然やって来た。
運悪くまだ倒れて少ししか経っていない人族兵の身体に躓く。
直ぐにアイテム化してしまったが、回避を邪魔された足は既にバランスを崩していた。
目の前には信也の剣。終わった。その思いだけが彼女の脳裏をよぎった。
「終わりだッ」
一撃必殺。全体重を乗せた一撃を放つ信也。
敵を一太刀で屠る。その快楽に酔おうとした。
しかし、その身体がぎりぎりで側面から来た蹴りに邪魔される。
全体重を傾けていただけに体勢を崩された身体は地面に吹き飛ばされる。
「ぐわっ!? ってぇ……何しやがるッ」
尻持ち着いたメロニカを庇うように、そいつは信也に対峙した。
青い顔で、決死の覚悟で、姉の危機を救うため、ペリカが乱入したのだ。
「ペリカっ!?」
「大丈夫ですか姉さんっ」
「あ、あんたっ、私が敵将を相手してるあいだに人族倒す手はずでしょっ、なんで……」
「ごめんなさい。でも。でもやっぱり。姉さんが殺されるのなんて、黙って見てられないもの」
絶対に敵わない敵。魔王陛下からお前は絶対に闘うな。そう言われた。ヤバそうなら自分の元に逃げて来いとも言われた。それでも。姉を見殺しになど出来るわけがなかった。
翼を奮って羽の弾丸を無数に飛ばし、立ち上がった信也を牽制する。
一撃剣を振るっただけで全ての羽を吹き散らされると、生唾飲み込み腰を落とした。
いつでも飛びかかれる。ペリカが戦う決意をするが、それを押しのけメロニカが前に出る。
「姉さん……?」
「私の闘いの邪魔、しないでペリカ。あなたは言われた事をしてればいいの」
「そ、そんなっ。それじゃ姉さんが……」
「ええ。死ぬわね。でも、あなたは生きる。生きて陛下の元へ戻りなさい。そのまま子を成して幸せに暮らしなさい。だから、貴女をここで死なせる訳にはいかないのよ!」
どんっとペリカを押しのけるメロニカ。信也はそれを待つことなく、一瞬で距離を詰める。
「どっちだっていいんだよっ! 纏めて殺してやるッ」
ペリカを押しだしたせいで逃げる事すら出来ないメロニカは、覚悟を決めて迎撃体勢を取る。
一刀の元切り裂かれる覚悟をして、反撃を与える事だけを彼女は決意した。
致死の一撃が放たれる。自身を断たれる確信を持ったまま、絶対に避けられない今、この時にこそ、羽の一撃を叩き込む。
クロスカウンター狙いで翼を振るった瞬間だった。
今度は信也が逆方向に吹き飛んだ。
自分を切り裂く一撃が消え去り、虚空に向けて思わず放ちそうになった絶死の一撃をぎりぎりで寸止めする。
「な、なに……?」
「ぐっ。クソッ誰だクソ野郎ッ。俺を蹴りやがったな!」
「いやー悪い悪い。マジ悪りぃ」
その男は信也に謝りながらも、メロニカを守るように立ちふさがる。
「悪りぃな勇者様よ。俺ァやっぱこっち付かせて貰うわ」
そう言って、ペリカに背を向けたギーエンが剣を信也へと向けた。
「ギ、ギーエン?」
「姉妹が互いに庇い合うとか胸熱展開見せられちまって、そいつらが殺されるの見とけなんてむりだっつの。メロニカだったな。こうなりゃ一蓮托生だ。ぜってぇテメェを生かして俺の子を産ませてやる」
「は? え? あ、いや、その……」
一瞬何を言ってるのかと驚くメロニカだが、よくよく考えれば戦闘中に告白めいたことを自分から目の前の男に言っていた事を思い出す。
次第顔を赤らめるメロニカ。
斬りかかって来た近くの人族を翼で殴り殺し、逆の翼で熱くなった顔を隠す。
「姉さんっ、盛ってる暇ないですよっ」
「う、煩い馬鹿ペリカっ。そ、それにギーエン。だったら、だったらその、二人揃って生き残らないとダメでしょっ」
「だなぁ。だったら……二人揃ってこの艱難辛苦、乗り越えちまおうか」
くっくと笑うギーエンの隣にメロニカは立つ。
さらに逆隣りにペリカ。皆、信也を倒すために協力することにしたらしい。
「いい度胸だギーエン。やっぱテメェは裏切りの将だったなぁ……纏めて殺してやるッ」
全身に殺意を迸らせ、信也は剣をギーエンへと向けた。




