北方攻防戦4
「貰ったぜ!」
気合い一閃、ギーエンの長剣がメロニカを切り裂く。
咄嗟のバックステップで回避したものの、浅く切り傷が腕に入った。
痛みに呻きながらも反撃とばかりに羽を飛ばす。
「しゃらくせぇっ!」
「くのっ。体力バカね全く! ブルータースに任せたいわっ」
「俺だって他人に任せてぇよ。魔族にゃそこまで忌避感ねぇんだよ!」
「だったら戦わなきゃいいんじゃないの?」
剣同士が交錯する。鍔迫り合いを始めた二人は肉薄しながら会話する。
余裕があるのは二人とも手を抜いているからだ。
絶えず周囲に視線は向かうものの、決して相手への致命傷を叩きつけようとはしていない。
「そう言う訳にもいかねぇんだわ。一応、王国の騎士なんでな」
「魔国で暮らせば? あんたなら結婚してあげてもいいわよ。強いし楽できそう」
「おいおい……」
ギーエンがメロニカと闘っているそのすぐ近くで、そいつはついにへたり込む。
全身から汗を噴き出し、片膝立てて傅くように、しかし倒れてたまるかと拳を地面に付けて、なんとか息を整えようとゼーハーと肩で息をする。
「なんだぁ、もう終わりかよ?」
ブルータースは今、自分で動きたくても動けないほどに消耗していた。
全力でフル稼働してどれ程攻撃を行っただろう? 身体は熱くなり過ぎ、意識は朦朧として、それでも必死に倒れそうになるまで動いた。
だが、もう動かない。動けない。これ以上、身体が動いてくれない。
なんとか立ち上がろうと脳が指令を送るが、身体が反応しなくなってしまっていた。
彼の限界なのだ。ソレを察した信也もまた。遊びは終わりか。と周囲を見る。
丘の上で呆然と森を見つめるディアリッチオに気付いた。
「あの野郎何を遊んでやがる?」
睨みつけて来るブルータースを放置して、信也はディアリッチオの元へと向かう。
人族兵が動けないブルータースを狙いだすが、魔族兵が彼の周りを固めて必死に守りだした。
普段は蹴散らし皆を助けるだけのブルータースは、自分を守ろうとする兵士達に思わず目頭が熱くなった。
だが、次第人族に押され、斬られる兵士たちに、悔しさと歯がゆさが募る。
動け。早く動いてくれ。自分の身体に必死に語りかける。だが、限界を越えた彼の身体はまだまだ動こうとはしなかった。
ブルータースを放り出してディアリッチオの元へとたどり着いた信也。それに気付いたサイモンが気付かれないようにゆっくりとディアリッチオから距離を取って逃げ出す。
途中ブルータースの生存に気付いて神官魔族の一人に彼を回復するよう指示を出し、勇者が居なくなった戦場に最後の援軍を投入する。
「おい、ディアリッチオ、何をしている!」
「私の、私の森が、霊樹が……折角ガーデニングに取り入れようとしていたのに……」
「あ? ガーデニング? 魔神がか? バッカじゃねぇの?」
「アレは……アレは私の森だ。私が貰い私が育てたっ。許せん。誰だ! アレを、あの森を壊したのはッ」
「うっぜぇ。だったら……ディアリッチオ、命令だ。あの森を破壊しろ。極大の魔法で焼き払え」
びくり。ディアリッチオの身体が命令に反応する。
カード化されたことで永遠の命令に絶対服従となったディアリッチオは、永遠が信也の命令を聞くようにと命令したことで信也からの命令に絶対権が発生する。
ディアリッチオの意志とは関係なく、彼の身体は命令を実行するため魔力を溜め始めた。
右手に生まれた感覚に、ディアリッチオは焦る。
「ま、待て勇者。止めろ、止めてくれっ」
「うるっせぇ! 奴隷の癖に何がガーデニングだ。そんな森はテメェ自身で破壊し尽くしなッ」
「や、止めろおおぉぉぉぉぉぉ――――――――――ッ!!」
叫び空しく、ディアリッチオ自身の腕から投げられた赤い光球が森に向けて放たれる。
光は迷いなく森の中心へと飛び込んでいき、次の瞬間……
カッと空が赤く光った。
森が中心部から抉れ飛ぶ。
木々が爆風に煽られ空へと飛び散り、大地が禿げあがり木々が消し飛ぶ。
爆音は遅れて兵士達の元へとたどり着いた。
あまりの轟音に皆が闘いを止めて森へと視線を向ける。
だが、そこに森はもう、存在しなかった。
ただただガラス片と化した荒れた大地が広がるのみ、遠くの方に泉があったが、その水位もかなりの水が消し飛び底が見えそうになっていた。
当然ながら兵士達からは平地より低い湖の底を見ることなど出来なかったが。
「森が、私の森が……」
力無く、崩れ落ちるディアリッチオ。
何度か信也が呼びかけるが、抜け殻と化したディアリッチオが反応することはなかった。
「チッ。しゃあねぇ。おいギーエン、代われ!」
ディアリッチオに唾を吐きつけ、信也は未だ魔将と闘っていたギーエンの元へ向うと無理矢理に押しのける。
「ちょ!?」
「いつまでこんな雑魚に構ってんだ。そら、一太刀で両断してやるから俺と闘え」
「こ、このっ!」
メロニカは思わずブルータースを見る。残念ながらまだ動けそうにない。
覚悟を、決めないとならないようだ。メロニカは一度大きく息を吐き、震えだした腕で剣をしっかと握り込んだ。




