揺らぐ正義
「報告っ! 南軍ミクラトルァ様死亡、カルヴァドゥス敗北、ムイムイ様敵前逃亡ッ」
「報告っ、西軍全滅! ネンフィアス軍に西の街を占拠されました! トドロキ様の生存は不明! また勇者がフラージャ洞窟に向かいました!!」
「報告っ、北軍押し込まれています。サイモン様の考えた対抗策を悉くディア様に破壊され……精霊樹が破壊、エルフたちが消滅しましたッ! MEY様が原因を探りに向かい戻って来ません!!」
「ほ、報告っ、動きの無かった東敵軍にラオルゥ様が強襲!! ルトバニアの勇者に救援要請が向かいました!!」
俺はそんな報告を、エルスターク近くの荒れ地で聞いていた。
エルスタークはギュンターが居るから問題はない。実際に魔王軍を指揮するのは彼だ。魔王である俺は遊撃に向かうつもりだった。
だが、街を出た途端にやって来た四方からの報告に、俺は思わず頭痛を覚えるよろめく。
おかしい。本来、既に女神は詰んでいる筈じゃなかったのか?
ここまで追い込まれるのは想定内なのか?
黒の預言者、ラナの言葉通りに動いているが、これで本当に合っているのか?
「セイバー、そろそろ余も出るぞ!」
最後まで残っていたユクリも一軍率いて去って行く。彼らが向かうのは北軍。南には既に若萌が向かっている。
俺も勇者の一人でもあるし、北門に向かいたいのだが、東が恐い。カードの勇者が出てくればラオルゥがカード化される。すると勇者と大悟とラオルゥを相手にしなければならないのだ。
そうなれば最悪だ。俺達に勝ち目など無くなる。
「ふふ、随分と追い詰められているわねジャスティスセイバー」
「っ!? お前……なぜここにっ」
声を掛けてきた相手に振り向く。
そこには矢鵺歌が居た。ゆっくりと、俺に近づいて来る。
口元に笑みを張りつかせ、もはや勝利は揺るぎ無しといった顔だ。
「改めて、自己紹介をしましょうジャスティスセイバー。いいえ。赤き魔王河上誠」
「自己紹介だと?」
「ええ。初めまして、私がこの世界の女神。サンニ・ヤカー。疫病と災厄を司りし破滅の女神。弓羅矢鵺歌はアバターとしてこの世界を自由に動くためのものよ。ふふ。なかなか楽しませて貰っているわ」
「なぜ、今女神だと暴露しに来た?」
「戻るのよ、女神にね。そろそろ勇者たちの絶望が幾つか出始めてるみたいだから、さぁ、楽しい楽しい絶望の映像を見せて貰おうかしら」
「テメェ……」
セイバーを召喚し、俺は正眼に構える。
いつでも切りかかれる。その決意を見せるが、矢鵺歌は笑みを浮かべるだけだ。
「四人の女神の勇者には勝てないわ。私の女神としての力を分け与えているんだもの」
「俺が正義だ。お前たちじゃない。必ず勝つっ」
「できるかしら? あなた自身、既に敗北を認めつつあるんじゃない? 東西南北全てが絶望に染まって行く、もう、快癒できる段階じゃないでしょう。このまま魔族が滅ぶのを見届けるのかしら?」
「それは……」
「私に下りなさいな。セイバー」
「何?」
「あなたが私の傀儡となるというのなら、貴方は絶望して死ぬ事になる代わりに、魔族を救うことを約束してあげる。勇者達四人が絶望して死ぬわよ」
コイツ、正気か?
だが、だがだ。女神が用意した勇者だ。女神自身が俺を殺した後で処理できるようにしているはずだ。ならば、きっとできるのだろう。こいつの言葉に頷けば、俺は絶望して死ぬが、ユクリやラオルゥ、若萌たちは生き残る事が出来るかもしれない。
ラナが、もしも嘘を言っていたら? 女神の敗北が嘘だったなら、女神の傀儡にさえなれば、俺以外なら助かる……
自己犠牲をして、魔族を救うか。それともラナを最後まで信じ、魔王として魔族を指揮するか。
俺は……俺には……
「ふふ。随分と迷っているようね。いいわ。もう少しだけ待ってあげる。もしも私に会いたければ、これを天へと掲げ空に向かって叫びなさい」
放り投げられたのは砲丸位の七色に光る玉。
こんなものを天に突き上げ叫べと?
冗談じゃない。
足元に転がってきた玉を一瞬だけ見た俺が気付いた時には既に矢鵺歌が踵を返している所だった。向かう先は、北軍か。
矢鵺歌の後ろ姿を見送り、俺は天に視線を向ける。
俺は、勝てるのか? 魔族を守り切れるのか?
そもそも、数年前にこの世界に降り立っただけの黒の聖女を信じて、本当にいいのか?
信頼できるのか? 悪の首領だった存在だぞ?
もしかして、信頼しろといいつつ、俺という存在を後始末するつもりだったとかじゃないだろうな?
だが、若萌が居る。それだけは確かだ。未来の俺が若萌を育てた。その確定した事実だけが、今は頼りだ。
頼む、誰か俺に教えてくれ。
黒の聖女を、ラナを信じるのが正解なのだと、女神は倒せる存在なのだと、絶望は存在しないのだと。俺に揺らがぬ正義を指し示してくれ……




