北方攻防戦3
二人の勇者が激突する。
否、魔物を嗾ける玲人に向けて迫るMEY。
魔物達が群がって来るが、レベルが上がったMEYの敵ではなかった。
「シャゥッ!!」
ただ、一体だけ異様にレベルの高い魔物が紛れている。
そう、あの犬耳娘だ。
ワードッグなのかワーウルフなのかはわからないが、異常な速度と破壊力でMEYに襲いかかる。
「はは、良いぞ! エルダーワーウルフに存在進化させてやった甲斐があった!」
「自分は高みの見物の癖に、嗾けた魔物倒したら激昂とか、下衆野郎ッ」
「う、煩いっ。煩い煩い煩いっテメェが勝手に突っかかって来たのが悪いんだよッ」
「あんたが精霊樹倒したからだ腐れ外道ッ。エルフたちの仇ッ」
「は? エルフ? ああ。そういやなんか喚いてた奴らいたな。後で奴隷にしてやろうと思ったらこの樹破壊したら消えちまったんだよ。いやー、綺麗な奴隷候補居たから楽しむだけ楽しみたかったんだがなぁ。折角女ども操って精霊樹破壊してやったつーのに、失敗だったぜ」
「ブッ殺す!!」
近づいて来た魔物の眉間に矢を打ち込み、迫る犬耳娘を弓の弦で殴る。
弓が壊れた。
舌打ちして剣を引き抜く。ルトバニアで支給された武器ではなくエルフたちが丹精込めて作ってくれたMEYだけの剣。エルフたちの想いが詰まった形見の剣だ。
「らぁッ!!」
ワームを切り裂き弓を投げ捨てる。
矢筒から矢を引き抜き投擲。腕力がレベルで強化されているので弓を使わずとも普通に突き立った。
肩に受けた矢傷に犬耳娘が悲鳴を上げる。
「クソッ! テメェ! 何してくれんだMEYっ」
「ハァッ!!」
玲人の言葉を無視ししてマンティス系の魔物を首切る。さらに迫る魔獣を切り裂き、イノシシと思しき魔物の眉間に矢を突き立てる。
今まで動くことすら億劫と言っていたMEYとは思えない動きに、玲人は知らず足を一歩、退げていた。
このままではマズい。ソレは理解した。だが、これを回避する方法は……方法は、ある。
ニヤリ、玲人は笑みを浮かべる。
そう、彼のスキル、チャームアイ。女性を確実に魅了させるスキルだ。
MEYに使ってしまえばいいのだ。ただ目を合わすだけ、それだけで相手を制する事が出来るのだから。
「MEYっ俺の目を見ろっ」
「あ゛あ゛っ!? ……っ!?」
犬耳娘を切り裂く直前だった。
ビタリ、MEYの身体が止まる。
犬耳娘は眼前に迫った剣から慌てて飛び退き距離を取る。
玲人の目を見たMEYは驚愕に目を見開きながら、よろめく。
手から剣が零れ落ちた。
玲人はソレを見て下卑た笑みを零す。
「はは。ははは……あはははははははっ! 見ろよ魔物達。俺にかかりゃこれだ。あはっ。どうだぁMEY。エルフどもの仇? テメェはその仇に奴隷のように扱われるんだよ。一発ヤッた後は魔物どもの苗床にしちまうか。ああ、そうだな。ソレが終わった後に正気に戻してやるぜ」
動かなくなったMEYへと近づく玲人。もはや勝敗は決した。後は勝利の美酒。MEYの身体を好きに甚振り、彼女の人格を悉く破壊して魔物達を殺した復讐を終えるのだ。
MEYの真正面へとやって来た玲人は彼女の顎を強引に上に向かせる。
「どんな気分だMEY? 仇敵の俺に惚れた気分はよ?」
「知りたい? 感謝しかないわよ?」
完全にオトした。玲人は愉悦を浮かべる。
自分からキスをしてこい。そう命令した。その筈だった。
ビシュリ。MEYの顔に赤い飛沫が飛び散った。
「……あ?」
キスをするために近づいたと思った。玲人は勝利を確信していた。
だが、MEYは右手を胸元に入れ、ナイフを取り出すと、無防備に近づいた仇の喉を迷いなく切り裂いていた。
飛び散る血飛沫が顔に掛かるが、気にせずナイフを心臓へと突き立てる。
「ガァッ!?」
「本当にありがと。無防備に殺されに来てくれて」
「な? あ? ヒュー……ヒュー……がへっ。な、んで?」
「サイモンがね。精神異常にならないようにって真名命令くれたのよ。あんた対策。このナイフが胸元にあったから。冷静になれてあんたを殺せた。この程度で怒りは収まらないけど……充分ね」
「ガウァ――――ッ!!」
よろめき尻から倒れる玲人の側面から犬耳娘が飛び込む。気合い一閃、MEYのどてっ腹を爪が切り裂いた。
バクリ、裂けた腹から血が飛び散る。
「あぐっ」
「がうぅっ! クゥン……っ」
犬耳娘はよろめくMEYに見向きもせずに玲人を抱き上げると、わき目も振らずに走り出す。
その顔には焦りがあった。
死なせるものかと全力で駆ける。
しかし、彼女は魔物だった。
玲人を復活させる術を持たなければ、復活させられる人物の当ても無い。
他の魔物達と共に玲人を連れてひたすらに走る。
MEYはそんな彼らを見送って、力無く背を向け歩き出す。倒れた霊樹の葉先へと向かうが、そこで力尽きたように倒れ込む。
手を伸ばせる位置に、淡く青白く輝く実が一つ。
まるで霊樹が役目を終えたMEYにお疲れ様と告げているようで、お礼に食べてと言っているような気がした。
朦朧とした意識のまま果実を手に取り、一口。不思議と懐かしい味がした。
遠くで嘆きの遠吠えが聞こえた。
玲人が死んだらしい。犬耳娘の悲痛な慟哭を耳にしてMEYは満足げに笑った。
「仇、討ったよラオラ……仇、討たれちゃったけど……」
聖樹の上で、少女は一人、力尽きた。
手から零れた果実が湖へと落下する。
ズルリ、自身の血によりMEYの身体もまた、湖の底へと消えて行った。




