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外伝・消えた英雄

「あは。あはは、あはははははははっ!!」


 矢鵺歌は歩きながら笑っていた。

 これほどおかしいことはない。

 忌々しかった筈のアンゴルモアは、むしろ彼女を喜ばせる結果を齎してくれていた。


「死にやがった。何もしてないのに死んだのよアイツ。あははっ。嗤わせてくれる。不幸不幸。ああ不幸。なんて不幸な死に方なの。折角村を救ったのに救った光景見ることなく突然死って。しかも守ろうとした小娘にアイテム化されるとか、最高の結末だわっ。教えてくれたルーフェンに感謝しなきゃ。何か礼の品でもくれてやろうかしら? どうせ魔王を伝説に仕立て上げたいとか言うんだろうし、あいつの望み通り、最後まで生かして見届けさせてやろうかしら。次は河上誠を傀儡にして勇者を殲滅させなきゃ」


 ボックスがでたところで、矢鵺歌は笑いながら村に背を向け歩き出していた。その場の魔王軍にそのルーフェンがいたなどと、不幸にも気付く事すら無く。

 次の国で手を打つために移動するのだ。

 本当に、面白い光景を見せてくれた。

 あれだけで今まで煩わされたアンゴルモアに敬愛すら感じるほどである。


「さようなら、不幸の神。もう会うことも無いでしょう。ふふ、あはは、あはははははっ」


 邪魔者は消えた。

 女神は嗤いながら動き出す。

 さぁ、魔王、最後の闘いを始めよう。私の掌で、全て、踊れ。




「あは、あはは……はは。何よ。なんで……」


 蝗が過ぎ去った戦場に、ただ一人だけ、そいつは起き上がった。

 既に若萌の姿は無い。全滅を見届け報告に戻ったのだろう。

 もともと彼女はルーフェンが死ぬのを見届けるためだけに従軍していたのだからそれでいい。


 本来は全滅する筈だった魔王の軍勢だったのだが、一人だけ、生き残っていた。

 彼女は直ぐ近くに倒れたルーフェンを見る。

 既にボックスが表示されているので死んでしまったのは確実だろう。アイテムを入手しなければ、それは蝗が手に入れることになる。


 彼女、ムレーミアは力無い足取りでルーフェンにトドメを刺す。ただダイアログボックスのYESを押すだけの簡単な仕事だ。

 アイテムを入手し、魔王からの指令を完遂する。

 一応、もしも生き残りが居た場合ルーフェンのアイテムを入手して確実にトドメを刺せ、そう言われていたのだ。まさか殺される軍団の中で自分だけが生き残るとは思いたくなかったが。


「はぁ、最高の死に場……だったのになぁ。なんで私生き残っちゃったんだろ」


 自重気味に息を吐きながら、ふと花畑を見る。

 そこには動かなくなった半身機械の男に縋り泣く少女の姿。

 あのままだとダイアログボックスが閉じてしまうのでは?

 時間が残されてるかどうかわからないけど、とムレーミアは疲れた身体を引きずり少女の元へ向う。


 もしも、本当にもしもだ。あの男を生き返せれば、自分を殺してくれるだろうか?

 期待を胸に動き出したムレーミアは、しかしすぐに歩を止めた。

 いつの間にか、男のすぐ側に現れた女がダイアログボックスのNOボタンを押したのだ。


「え? だ、誰?」


 少女も気付いて驚き距離を取る。

 現れたのは赤い髪の女。背丈は低く、しかし胸だけは凶器と思えるほどにある。

 白く輝く白銀の鎧に身を包み、竜鱗の具足を踏み鳴らし、アンゴルモアの隣に立つ。


「ようやく、見つけた」


「え? え?」


「悪りぃな嬢ちゃん。こいつは連れてくぜ。元の世界に戻してやらなきゃならねーからな。にしても、死んでる場合は不幸になったりしねぇよな。まぁ、メンバー登録すりゃいいんだっけ。おし、これでムーブの対象に入った」


 女は戸惑う少女のことを無視するように何かを操作すると、力ある言葉を口にする。


「ムーブ」


 次の瞬間、ムレーミアの視界から、謎の女とアンゴルモアが消え去っていた。

 まるでそこに初めから居なかったとでも言うように。

 残された少女が呆然と虚空を見つめていた。

 後のフォロー位しなさいよ。親しい人を失った子供はメンタルケアが大切なのよ。


 溜息を吐いて、ムレーミアは少女に近づく。

 間近に近づいても反応しない少女は、涙を流しながら空を見上げていた。

 だから、言葉だけを掛けてやる。


「不幸の神は、役目を終えたのね」


「え? あ、ま、魔族……」


 気付いた少女はこちらを振りむいて、慌てて逃げようとする。

 だけど、恐怖で腰の感覚は一瞬で無くなっていたようだ。無様にこけてしまった。


「よかったわね小娘。あの神はあなたのために村を守った。そして、天からの遣いと共に帰っていったのよ」


「え? か、帰っ……た? お兄ちゃん、帰った、だけ?」


「本でも、書いたらいいわ。不幸な不幸な英雄の話。世界各地に残ってるわよ。あなたの生きる目標になるのではなくて?」


「で、でも、お、お姉さんは、その、こ、殺さない……の?」


「そういうの、疲れちゃった。はぁ、これから魔国に戻るのも面倒なのよね……どうしようかしら?」


「じゃ、じゃあ、一緒に、作る? お兄ちゃんのお話……」


 この日、不幸な神の伝承は、突如として消え去った。

 代わりに一人の少女と一人の魔族が出会い、一つの書物が世に生まれることとなった。題名は、不幸な不幸な英雄譚。


 その男は突然どこからともなく現れて、世界各地に出没し、まるでその地の不幸を全て吸い上げて行くように、彼の行く場所行く場所で不幸に見舞われていた人々を救って行く。

 ただ、誰も彼も彼の名を知らず、お礼すら貰わず颯爽と去っていく。


 歩けば地面が崩れ落下して、突如空から飛行魔物の糞が彼に直撃する。

 唐突に動かなくなれば竜巻に攫われ遥か遠くへ飛んで行く。

 戦場に現れては悪逆を不幸にし、国に現れては悪臣を暴きだし、村に現れては魔族を蹴散らした。

 人々を影ながら救いだし、己の身だけを犠牲にした不幸な英雄の物語。

 一人の少女と一人の魔族が編纂し、共に旅し、世界から集めた逸話を纏めた一人の男の半生を描いた話。それは、広く、長く、世界に残る名作となった……

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