外伝・シシルシは人知れずほくそ笑む
「あ、あの……えっと?」
シシルシが戸惑うのも無理はなかった。いや、むしろその場にいた皆が目を点にしている。
カード化させると思っていた勇者三人も、生徒たちも、まして大悟とソルティアラすらもこの光景は予想外だったようだ。
「あ、あの、ご、ごめんなさい。私、お嫁さんとか、よくわからなくて……お嫁さんってなにかするのかな? お友達とは違うの?」
シシルシは無垢な瞳で小首をかしげる。
永遠はえ? と驚いた顔をした後直ぐに考えを暴走させた。
「あ、い、今のなし、今のなしっ、お、お友達から、それでいいから、僕のお嫁さんになるの前提で、お願いします!」
もはや自分でも何を言っているのか分からない程にうろたえながら永遠はしどろもどろに口から言葉を吐きだして行く。もう、頭の中は真っ白だった。
「え? えと……よくわかんないけど、お友達なら……あの、皆に酷いこと、しないでくれる?」
「しないよ。僕らはシシルシちゃんが悪い魔神なら退治しようって来たんだ。シシルシちゃんが悪くないって分かったら倒す必要はないから。だからその……」
「お名前……」
「え?」
「お友達になるなら、お名前教えてくれる?」
「あ、うん。その、風見……永遠です」
「永遠ちゃんだね。ありがとうっ」
ふぁっと永遠の鼻腔をくすぐるような甘い香りが広がった。
自分がシシルシに抱き付かれたと気付いた時、あまりの恥ずかしさと身体に感じる温もりに全身が沸騰しそうだった。
「あー、その、どうなってんの?」
「永遠があの小娘をカード化しないってんだからこのままでいいんだろ。はぁ……」
頭を抱える信也に狐につままれた顔で二人を見つめる名偉斗。
和美は指を咥えていいなぁ。と呟いていたが、何を差してそう言っているのか誰も理解しようとは思わなかった。
「あ、そうだ。永遠ちゃん、せっかくだから皆でお茶しよっ。お話一杯したいっ」
いい事考えた。といった様子で永遠から離れたシシルシ。あっと離れた温もりを追い求めようとした永遠の手を引っ張って、学園内へと走り出す。
「え? あ、ちょっとシシルシちゃんっ」
「だ~めっ。お友達ならシシーって呼んでね」
「あ、うん、シシーっ」
ちゃんづけしなかったことに気付いた永遠は思わず赤面するが、生徒達がわざわざシシルシたちの道を開けてくれることには気付いていなかった。
先へ先へと走るシシルシに導かれ、学園内へと連れ去られる永遠。その背後に生徒達が皆続いて行き、数人の生徒は走ってシシルシを追い抜きお茶会の準備を始めに向う。
そして校門には、大悟とソルティアラ、女神の勇者三人だけが取り残された。
嵐のように去って行った生徒たちと、いつの間にか紛れるように付いて行ったディアリッチオを見送って、信也は大悟に視線を向ける。
「なぁ、ルトバニアの勇者」
「なんだよ女神の勇者」
「シシルシとかいう魔神は、どれぐらいの強さなんだ?」
「俺は詳しく知らないけど、シシルシから聞いた話だと昔勇者のパーティーに居たヤツと旅したことでレベル4000から5000台になったらしいぞ。それで三眼族を滅ぼして魔神になったらしい」
「自分の種族滅ぼしたの? あんな可愛い顔してやんちゃねぇ」
自分と同じ存在を見つけたかのような恍惚とした顔の和美。
大悟は彼女には視線を向けないようにして信也を見る。
「シシルシは子供なんだよ。滅ぼしたのも自分の親の死体をアイテム化してうっぱらった村長のせいで暴れたらしいし、封印されてた間は土食って生きてたとか言ってたぞ」
「土って食えるのか?」
「それぐらい生き汚いってことだろ。でも、確かにその後にカード化されるって聞いたら、まぁお前らが守ろうとするのもわかるっちゃわかるか。弟もアレじゃカード化しようとは思わないだろうからな。シシルシが脅威にもならないなら放置でいいか。だが、あくまで脅威にならなければ、だ」
「分かってるさ。彼女にはルトバニアから出ないように告げておく」
「なら、いい。永遠はこっちに置いて行く。また迎えに来るまでは自由にしておいていいって伝えておいてくれ」
「わかった」
大悟の頷きを見て信也は踵を返す。
毒気を抜かれた名偉斗と未だに妄想のただ中にいる和美を伴い、彼らは何処ともなく去って行った。
大悟とソルティアラは、大きく息を吐き、学園が無事だったことに安堵した。
彼らにとってシシルシがどうなろうと実はどうでもよかったのだ。問題はシシルシを守るために暴走しかねなかった学園の生徒たち。未来のルトバニアを担う実力者が殲滅される結果にならなかったことに、彼らはようやく安堵の息を吐いた。
「ふふ、大した役者だなシシルシ」
トイレ休憩に向ったシシルシがトイレから出て来ると、丁度ディアリッチオがそこにいた。
「よぉ。女神の犬になった気分はどうだぁ最強の魔神様よ」
「気分は最悪だ。だが、こういうのは新鮮であるからな。森が中途半端な状態なのが心残りではあるが、まぁせいぜい楽しませて貰うさ」
「そうか。オレ様もヤベェかと思ったがあのクソガキがオレ様に惚れてくれたみたいだからなぁ、せいぜい有効に活用させて貰うぜぇ。クケケ」
永遠は知らない。
シシルシの本性は深淵のような空洞の瞳で破壊を撒き散らす、まさに魔神と呼べる存在だと言うことに。
ディアリッチオも思いの他上手くいったシシルシ救出にフフと笑いを発した。
誰もいない学園の廊下で、魔神達が嗤い合った。




