急転直下の逃走開始
「これは参りましたな……」
溜息混じりに武闘会場からディアが俺を見上げる。
『魔王陛下。これの強制力、私では抗えぬようです。さすがは女神でしょうか。悔しいですが、私が貴方を助けるのはここまでのようですな』
不意に、念話が俺の元にやってきた。
ディアだと気付いた瞬間、ようやく俺の身体が動き出す。
『まだ気付かれていないうちに皆様に撤退命令、エルフの方にも伝えました。そして魔木化した魔族を解放してます。彼らの力も必要でしょう。ですので……御武運を!』
「ディアリッチオ、折角だから最強なとこみたい! 魔法唱えて魔法!」
「ご主人様の願いとあらば、仕方ありませんな」
やる気無さそうな顔でディアが魔力を集中させながら空中へと飛翔する。
掌を頭上に向け、炎の球を作りだす。
それは一瞬にして半径1Kmはある巨大な球体へと変化した。
「ジェノサイドアグニス」
思い切り振り被り、目標見定め投げつける。
そして……遠方で赤い光が立ち上った。
「お。おおっ? ごめんディアリッチオ、会場のせいで結果見えないんだけど?」
「おや、これは申し訳ございませんな。では起きた結果をこちらに」
魔法で作り出したスクリーンにどこかの村が見える。
そこに向け、ディアが作りだした新たな魔法が飛んで行く。
一瞬後、炎が村に接触して爆散した。
「バカなっ、レシパチコタンが!?」
思わず立ち上がるウェプチ。
ああ、どこかで見たと思えば、レシパチコタンか。アンゴルモアどうなったんだろ。
というと、最初の一撃の方向からして、おそらくエルダーマイアも消し飛んでるな。
魔王軍にとって一番危険な国が二つとも滅んだわけか。やるなディア。
一応彼のやりたいようにはできるのか。あまり縛られない事を祈るか。
「うっわー、すごいすごい。じゃあ次は魔王城を……」
「待てやアホ」
「ちょっと不細工さん、なんだよ!?」
「だぁれが失敗面だコルァ。ともかくだ、俺らの楽しみ奪うんじゃねぇよ。魔王城っつったら最後に攻め込んで無双する場所だろが!」
「ま、そうだな。永遠、悪いが魔王国へのディアリッチオでの攻撃は禁止だ。俺らが呼び出された意味が無くなる」
「あーそっか。折角手に入れられるかもしれないレアモン倒しちゃうのはダメだよね。りょーかい」
いきなり魔王軍壊滅はなんとか回避できたみたいだが、マズい状態なのは代わりない。
「セイバー、いつでもいけるぞ?」
「ダメだ。今回は引く。ラオルゥはユクリを連れて先に脱出してくれ。シシルシは……」
とシシルシの方を見れば、既にルトバニア王と共にルトバニア兵に隔離されており、矢鵺歌を警戒しているところ。
矢鵺歌は大声で笑いながら通路に向けてダッシュ。そこでソルティアラが奴を殺せッ! と声を上げる。
慌ててルトバニア兵が彼女を追うが、多分無理だ。追い付けないだろう。
「魔王、死ねぇ!!」
ウェプチの叫びと共に会場の一般人の中から矢が飛んで来る。
当っても意味はないのだが、これを全てルトラが魔法で迎撃した。
「仕方無いな。ここは僕様に任せてお前もさっさと逃げろ魔王」
「待て、それだと……」
「ディアリッチオ様の実力は僕様が一番理解してるんだ。今いる中で一番レベルが低いのが俺様だからな、足止めくらいはしてやるさ。だから、ラオルゥ様まで死なすんじゃねーぞ」
ルトラ、お前……クソっ。
俺はラオルゥとユクリと共に脱出に入る。
一瞬シシルシと視線があったが、彼女はルトバニア軍に守られ別方向から逃走していったようだ。
「光子、魔王を殺せ! 今が好機だ!」
エルダーマイアまで敵に回るか!
舌打ちしながら逃走する。ルトラ……すまん。
「おっと、あそこに魔王がいるのか。ちょっと向うか」
四人の勇者が動き出そうとしたその瞬間、会場に打ち込まれる火炎弾。
ダメージにはならなかったようだが、足を止めるのには成功した。
「ククク、貴様等の相手は僕様だ」
「はは、一匹だけで俺らに戦いを挑むかよ」
「ディアリッチオ、あいつ強い?」
「ルトラは魔神の一柱でございますご主人様」
「マジで! 欲しい欲しい! 兄ちゃん、失敗面、手加減手加減!」
僕様相手に手加減か……思ったルトラだが、実際問題手加減されても勝てる気はしなかった。
こんな状況は浮浪者時代に喧嘩を売ろうとした魔王への対峙かディアとのレベル上げ以来である。
絶望的状態で、ディアリッチオまで相手になると、勝率は0しかない。
だから、既にルトラは自分の生還を諦めた。
ディアリッチオ同様敵に回るかもしれない。それでも……
「僕様は少なくとも、魔族を虐げないアンタが魔王になってくれて感謝してんだ。頼むから、これ以上魔族が苦しむのを止めてくれよ、セイバー」
願いを込めて、ルトラは全力で足止めを始めるのだった。




