武闘会昼の部3
「オラァ!」
ギーエンの声が会場に響く。
ブブブブブと奇怪な音を轟かせメイクラブが空を舞い避ける。
蜂型生物のメイクラブは両手を針状に代えて尻尾? 腹の先から突き出た針をギーエンに向けて威嚇しながらホバリングしている。
完全な空対陸の闘い。
どう見てもギーエンが不利なのだが、おっさんやっぱ強いな。
下手に攻撃せずにメイクラブが接近戦をしてきた瞬間を狙って反撃している。
そのためメイクラブも攻めあぐねているらしく、双方未だに有効打を打てていない状態だ。
一般人からすれば今のところ一番見ごたえのある闘いじゃないだろうか?
ギーエンの攻撃は結構大振りで豪快なので当れば一撃必殺になる。
対するメイクラブはヒットアンドアウェイ。小さくダメージを与えては逃げてを繰り返して徐々に相手を削って行くタイプ。
どちらも有効打は与えてないものの、少しずつメイクラブの攻撃が当ってギーエンにダメージが入っている気がしなくはない。
でも、追い詰められているのはメイクラブだ。
攻撃に反撃を合わせられるので攻め手であるはずのメイクラブの精神力が削られている。
攻撃もかなり荒くなり始めている。レベル差からすればメイクラブの圧勝なのだが、これは本当に勝負の行方がわからな……あ。
動きに精彩を欠いたメイクラブにギーエンの一撃が激突。
丁度脳を揺らされる位置に入ったせいでよろめきながら墜落するメイクラブ。
しかも、運の悪いことに着地地点は地面の上だった。
「場外! 勝者ギーエン!」
「っしゃぁ! まずは一勝!!」
人族が勝利したせいかわっと歓声が上がる。ギーエンコールが止まらない。あいつ、このまま英雄になるんじゃないだろうな。
肩を落としたメイクラブが去って行く。それに早足で追い付いたギーエンが背中をバシバシ叩きながらいい試合だったぜとか言ってがははと笑いながら退場していった。
魔族相手にも普通に接するギーエンの快活な笑みを受け、会場のボルテージが一層高まった。
魔族が出てる武闘大会で不安視された一般人の暴走は、どうやら起こりそうになさそうだ。ギーエンいい仕事したな。
次はバロネットと大悟か。
少しの休憩を挟んでから行うそうで、10分のトイレ休憩が入った。
相変わらずオプケ娘が煩い。あと妙な生温かさを何度か放つ。マジそろそろ殴っていいだろうか?
「はうぁ!?」
「どうしたオプケ女」
「オプケしようとしたらオソマ出そうになったからオトンプイ締めたっ。アシンル行きたい」
「お前な……はぁ。悪い稀良螺、コイツ殴ってもいいからトイレ連れて行ってくれ」
「はーい」
稀良螺に頼んだのは護衛対象が一緒の方が守りやすいかと思ったのだ。
無言でマイツミーアとムイムイが付いて行こうとする。
すると、若萌まで彼女達に付いて行くため席を立つ。
「若萌?」
「嫌な予感がするの。いえ、未来で聞いた気がするけど思い出せないというか……とにかく不安だから私も行って来るわ。何かあればディアを通して連絡する」
「了解」
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セイバーと話し終えた若萌はチキサニたちに早足で追い付く。
若萌もオソマ? とか素で聞いて来たので貴女の護衛です。と短く告げておく。
チキサニへの制裁は稀良螺に任せておいた。
今も頭を両側から拳でぐりぐりとしながら稀良螺がお・そ・ま・い・わ・な・いっ。とチキサニに制裁を加えているのだけれど、チキサニには意味なさそうだ。
トイレは流石に勇者である大悟が提案したのか、最初から建築技術があったのか、日本でよく見るタイル張りの女子トイレだった。
中を覗くと個室が三つある。
「では、行ってまいりますにゃ」
「マイツミーアもオソマ?」
「いえ。チキサニが予想してる通り、貴女の監視ですにゃ。トイレ中に襲われて死んだ護衛対象は事掻きませんにゃで」
護衛と言ってもプライベート時は護衛対象を放置するのが普通なのだが、この会場内ではそれは死亡フラグだ。セイバーとギュンターがしっかりと話し合って今回はトイレ中でも監視を緩めないことを決めてある。
稀良螺もこれを知ってムイムイに尋ねていたが、こればかりは二人の安全を考え享受してもらうしかない。
「いやぁ、オソマ見ないで」
「見たくも無いですにゃ。ほら、さっさと終えるですにゃ」
トイレに消える二人を見送る若萌の横を、トイレから出てきた女性が通り過ぎて行く。
ゾクリ、その横顔を見た瞬間、若萌は言い知れない恐怖に身を竦ませた。
思わずその女性の後ろ姿を目で追う。
丁度男子トイレから出てきた少年と合流していた。
「あー、もう、こういうのってなんで緊張すんのかな。さっきからバッシャバシャだよ」
「煩いわよ。男のそんなもん想像したくも無いわ。それより、どうだった?」
「ん。やっぱ魔族が結構居たよ。気になったの何枚かカードにしといた」
「何よ。女の子居ないの?」
「へ? ンなの強くないじゃん。ほら、見てよこれ、バロネットだって! レベル4000オーバーだぜ! すげぇだろ!!」
「あんたねぇ……あんまり目立ったことするなって言われてるでしょ」
そんな会話と共に女と少年は去って行く。
冷や汗が止まらなかった。
ぶるりと震える若萌に気付いた稀良螺が首を捻る。
「どうしました若萌さん?」
「……あれ、勇者だ」
絶望的な声が、若萌から漏れた……




