外伝・矢鵺歌の秘密
「さて、それじゃ教えて貰おうかな?」
斎藤琢磨は周囲を見回し、人がいないことを確認してから矢鵺歌に向き直った。
「なんのこと?」
「あんたは一体何者なのか。いくらなんでもギーエンさんや若萌さんに対する動きがおかしいよ。まるで殺そうとしてるみたいだった」
「俺でもわかるくらいだ。あんた絶対狙ってただろ」
といっても、疑惑になるまでは全く気にしてなかったのだが。
「若萌さんは気付かなかったんですか? 狙われてたんですよ?」
「私? 矢鵺歌の弓が下手だっただけでしょ。いつものことよ」
「ちょっと、私、弓は得意なのよ! 下手な訳ないでしょっ」
「じゃあやっぱり若萌さんを狙ったんですね!」
女神墓穴を掘る。若萌はフォローしきれるだろうかと不安にすらなりながらも考えを巡らせていく。いかに女神に疑問を持たせずに女神の正体を秘匿するフォローを入れられるか。
今、一番苦労しているのは矢鵺歌ではなく若萌であった。
「そ、そんなことないわ。アレはたまたま……」
「下手だってことを認めたくないのよ。誰だって失敗は認めたくないモノだわ。でも矢鵺歌、下手の横好きだからって認めないと先へ進めないわよ」
ギロリと睨む矢鵺歌。若萌がフォローしているのか貶してきているのか計りかねているらしい。
一応若萌としては必死にフォローしているつもりなのだが、どうにも墓穴を掘っている様子。
これも不幸のせいだろうか? 矢鵺歌はどうすべきかと思案する。
女神だと告げるのは簡単だ。
付随するデメリットはただプレイヤー方面から世界を楽しめなくなるだけのこと。それは残念ではあるが不幸ではない。
不幸になる可能性があると考えても、これは逆に人間たちの不幸にしか繋がらないのではないだろうか?
ならば即座にばらしてしまうか? しかし若萌がまだ疑問にすら思っていない様子であるし、フォローすらしている。信じられているのだろうか? しかし、こいつは何かしら怪しい。もしかしたら感づいている可能性すらあり、女神をバレさせないように動いている可能性だって捨て切れない。
どっちだ?
生まれた疑問は疑惑へと変わる。
どちらを選ぶべきだろうか? もしもプレイヤーとしてこのまま居られれば、若萌についても調べやすいかもしれない。あるいは女神権限を使うか? しかし、下手に使えばこの世界に勇者たちを呼び込み殺しまわっている自分の所業が周囲の神にバレる恐れがある。
いや、さすがに他の神といえ、勇者の誰かを探すような奇特な神がいるわけがない。
そうだ、そんな不幸あるわけが……不幸?
矢鵺歌は愕然とした。そこに、不幸があった。感染した不幸がその身に起こると宣言された。
アンゴルモアの言葉だ。そこまで警戒すべきものではないはずだ。だが、なぜ奴は悉く自分の邪魔を出来た? それはまるで異世界の神の所業ではあるまいか。
まさか、あるのか? 本当に不幸にさせられるのか?
ならば、女神として君臨して女神の力を行使するのはマズいかもしれない。
つまり、自分が取るべき方法は今、稀良螺たちの疑惑を交わして素知らぬ顔をするべきなのだ。
「下手じゃないわよ! 私、シューティングゲーム上手だったのよ!!」
「いや、シューティングって、弓関係ないだろ」
「弓道だってやってたし!」
「あー」
琢磨と十三が不憫な目を矢鵺歌に向けた。
イラッとした矢鵺歌だが、この程度の不幸ならばとあえて耐える。
「で、でも、ギーレンさんたちを……」
「夢中になったゲーマーって回り見えてないじゃない。この子もそんなところなんじゃないの?」
若萌のフォローで稀良螺が押し黙る。
まだ疑惑は払拭できないようだが、納得はしたらしい。
そんな稀良螺の肩に野太い掌がぽんと置かれた。
「まー、なんだ。気にはなるだろうが、危険を被った本人が気にしてねぇならいいんじゃねぇか」
「ギーレンさん!?」
「若萌だったな。とりあえずそっちの嬢ちゃんは危険なしと思っていいんだろ?」
「矢鵺歌さんのことですか。この人が危険なら魔王なんて超危険人物だわ。自分の正義に反する相手には容赦ない人だし」
「それは……確かに」
矢鵺歌の同意にお前が言うなよ。と言った顔をしているが、これ以上矢鵺歌を詮索する気はなくなったようだ。
「どうにも嘆きの洞窟使えなくなっちまったみたいでな。皆帰り支度初めてやがるぜ」
「そう。残念ね。なら、次はルトバニアの格闘大会かしら?」
「おうよ。魔族との戦い楽しみにしてるぜ!」
またな。とギーレンが去って行く。
彼を見送った後、琢磨たちもエルダーマイア教国へ報告に向って行った。
若萌たちは三人無言でネンフィアス帝国兵の待つ天幕へと戻る。
誰も会話を行うことは無く、兵士達に合流した後は魔王領へと帰るのだった。




