外伝・嘆きの洞窟6
「え? 一緒に?」
「ああ。折角だし、どうだろうか?」
稀良螺と話をしていた二人の勇者が是非1000レベルのボス相手に自分達も戦闘参加させてほしいと言って来た。
別に若萌も矢鵺歌もそれについては問題無いのだが、エルダーマイアの兵士たちがニヤついた顔をしているのが気になる。
おそらく、今の二人は操られてるつもりは無くとも、裏切ってこっちに攻撃して来るつもりだろう。戦闘中に全滅してしまえば例え後ろから彼らが斬ったとしても死体の後始末は魔物がしてくれる。
ついでに用済みになった勇者たちも処理するつもりなのかもしれない。
そして、それは現実のモノになる。
若萌は思わず矢鵺歌を一瞬だけ見つめる。
全く素知らぬ顔で勇者の一人として参加して、絶望しながら死ぬように見せかけるのだ。
若萌は自身のステータスを確認する。
大丈夫、考え得る限りの力は既に持っている。
ここで死ぬのは稀良螺たち勇者と兵士達のみ、若萌自身は矢鵺歌に救われる形で戻る、そして若萌が暴走したというせいにされて全滅の責任を取らされるのだ。
だからなんだというのだが、この話が後の絶望に繋がってしまうのだからこの女神は良く考えて行動していると言わざるをえない。
唯一の隙は自分もプレイヤーの一人として絶望を体感したいが為に他者のステータスを覗いたりしないことだ。
最初の召喚時にアイテムボックスに危険な代物は全て入れておいたからアイテム類も何を持っているか知らないからこそ打てる手であるのだが、矢鵺歌に気取られ過ぎないようにここで奥の手を使い過ぎるのは止めなければならない。
使えるのは変身とコバルトアイゼン。そして、ディアに無理を言って底上げして貰った、レベルだ。残りの奥の手をどれだけ残すかで、この先の状況が変化する。
実際に戦ったわけじゃないし、父からはまた聞きの戦況になってしまっている今回の闘いは、若萌にとっても半ば賭けである。
99階層に向い、階段を下りて最奥にある扉を開く。
全員が入ったことで部屋の中に魔物が出現する。
魔物名はアルティメイトキマイラ。ライオン、山羊、鶏の顔を持ち、カエルの足と馬の蹄、蝙蝠羽に尻尾は蛇の頭というバケモノだ。確か身体は虎だっただろうか?
攻撃方法は多彩。咆哮に火炎ブレス、氷結ブレス、毒ガスブレスに石化睨み。
尻尾の蛇には猛毒があり、カエルの足で長距離を跳び、馬並みの速さで駆け抜ける。
広めの部屋だが巨大なアルティメイトキマイラ相手だとあまりにも狭すぎる戦闘部屋だった。
奴が駆け抜けるだけで体当たりで数人が消える悪夢的な存在だ。
そのレベル、8000。
1000レベルのこの洞窟に出てきていい魔物ではない。
まして、魔王軍を抜かしたこの少数精鋭部隊の平均レベルはようやく900。
7000レベルもの差はネンフィアスがユクリと闘った時の比ではないのだ。
その上魔法しか放って来ないというわけでもない。
魔法にブレス、爪撃、突進。多彩な攻撃は一撃一撃が致死であり、魔法を打ち消す事すらできない若萌達のチームでは全滅必死の敵であると言える。
現に、出会った瞬間絶望に歪む琢磨と十三。おそらくステータス鑑定をしたのだろう。レベル8000? と呆然と呟いていた。
「お、おいおい、今レベル8000とか聞こえなかったか……」
恐怖に震えながらも武者振るいだと偽るように不敵な顔をするギーエン。
ネンフィアス帝国の兵士たちも勝ち目は無くとも諦めの顔ではなかった。
「こりゃ、やべぇな」
「お前ら良くこんなの相手に闘えてたな」
「い、いや、エルダーマイア軍と来た時はレベル1000の魔物で……なんでこんなバケモノクラスが……」
琢磨が心ここにあらずといった顔で呟く。
当然、女神様の楽しみのためだ。若萌は心の中で思いながら一人コバルトアイゼンをアイテムボックスから取りだす。
眼を閉じ、息を整える。落ち付け。大丈夫。ここでギーエン達を救うために、私はやれることをやって来たのだから。そう、自分に言い聞かせる。
「ヤベェ、気付きやがった! 俺が盾になる、全員散開しろぉっ!」
「ふざけろギーエン。テメェの紙装甲でアレを止められるか!」
「体当たり来るぞっ! 散開ぃっ!!」
慌てて左右に飛び退く面々。ギーエンの首根っこを掴んだゲドもギリギリで回避する。だが、突撃して来たアルティメイトキマイラの前から、たった一人、逃げていなかった人物がいた。
気付いた男達が絶望的な叫びを上げる。
「若萌殿ッ!!」
誰の声だっただろうか?
絶対に間に合わないタイミングでの声掛け。
「正義……執行……」
眼を見開く。
迫る巨大な魔物の姿。
矢を番え、手にした弓を構える。
「ジャスティス……アイゼン!」
変身と共に足に力を込める。
跳躍。弓を限界まで引き絞り一気に放つ。
対面の壁にアルティメイトキマイラがぶつかり部屋全体が揺れる。
飛び散った壁の欠片が周囲に飛び散った。




