外伝・今日のシシルシさん17
着実に、シシルシは貴族院になじみ始めていた。
最初は疑惑の視線や嫌悪の視線が大多数だったはずだが、伯爵令嬢が全面的にバックに付いていることがお茶会で披露されたせいで、まずは令嬢たちが警戒を解き、その令嬢たちに気に入られたい男達もまたシシルシと仲良く成る事で意中の相手と話が出来ると警戒を薄れさせていく。
その人心掌握術はあまりにも見事。
ハルツェも傍から見ていただけだが日に日に増えて行く取り巻きたちに焦燥感が生まれていた。
彼女の本心に気付いているのはきっと自分とラジアータ嬢だけだろう。
なんとかしないと、このままだとシシルシに貴族院が乗っ取られてしまう気がする。
しかし、現状既に嫌悪感を持つ人と好意を持つ人との割合は逆転してしまっている。
このままではまずいと思いつつも、移せる行動もない。
ただただ指を咥えて見ているしかないのだ。
そして、それはトリアットもまた、同じ思いだった。
魔族であるシシルシがちやほやされるのが許せない。
自分の思い通りにならない女がいる事が我慢ならない。
伯爵令嬢のように身分の高い存在ではない。
魔族領から物見遊山でやってきただけの存在なのだ。
だが、王族の客賓である以上下手にちょっかいを掛ける訳にも行かない。
しかし、放っておけば放っておくほどシシルシの取り巻きはどんどん増えており、留まる事をしらない。既にクラスの殆どと仲良くなっているシシルシ。
いつもは口数すくなで一匹オオカミ気取っている騎士の息子も、子爵位でありながら容姿のせいで嫌われ者の息子も、見下しがちで敬遠されていたはずの子爵令嬢も等しくシシルシのもとに集まって楽しげに談笑していた。
天真爛漫で誰にでも等しく話しかけるシシルシに、悪感情を産む存在は少ない。多少なりはいるだろうが、集まる皆に押しのけられるようにしてシシルシから遠ざけられていく。
時間がたてば立つほどにシシルシの取り巻きが増え、手を出しづらくなっていく。
一週間が経った今では、伯爵令嬢である二人の取り巻きを合わせても足りない程の取り巻きがシシルシの後ろをづらづらと歩く姿が良く見られるようになった。
男女分け隔てなく廊下一杯に歩く様はまさに帝王の行進。
その帝王様は元気に新しい生徒を見かけると駆け寄って声を掛け、取り巻きがそれを手助けして徐々に取り巻きへと加えて行く。
まるでゾンビの集団のようだ。ハルツェはその光景を見て思わずそう思った。
ちなみに、自分もその集団のほぼ先頭にいたりするのだが、これは同室だからという理由であってそれが無ければ行進に参加する気はなかった。
「ハルツェ様は未だにシシーちゃんに慣れないですね」
「ミンファさん。申し訳ないのだけど、こればかりは私の身体が魔族に拒絶反応を示してしまっているので私ではどうしようもないですの」
他人がいるためハルツェもミンファも他人行儀な子爵と男爵令嬢としての会話になっている。
見知った仲間内ならば問題無いのだが、他人の目がある場所で親しげに話すとミンファに要らないトラブルが起こってしまうから、口調ばかりは仕方無いのだ。
「ハルちゃんミンちゃん、見て見て~新しいお兄ちゃんができちゃった」
物凄い恥ずかしそうにシシルシに連れて来られたのは、上級生のイケメン青年。
騎士爵の息子らしい彼は取り巻きたちを見て驚いた顔をしている。
「なんか、シシーが御免なさいね」
上級生といえども位が下位であればハルツェが敬う必要はない。
この学園での上下関係は出自の家柄が優先だ。
男も別に気にした様子もなく、むしろ子爵令嬢に話しかけられたことで畏まって「はっ! 私は気にしておりません」とか言っている。
騎士道まっしぐらのまじめな人なのだろう。
シシルシの毒にやられて恥ずかしそうにしながらもシシルシに引っ張られて歩き出している。
学食に向っているのだが、彼は一緒に付いて来て大丈夫なのだろうか?
ハルツェは無理矢理付き合わされることになった彼に同情しながらも何も出来ない自分に落胆を覚える。
このままじゃダメだ。
放っておいたら学園はシシルシの取り巻きだらけになってしまう。
魔族に支配された学園となった時、もしもシシルシは本格的な牙を見せてしまえば。
想像するだけで震えが来る。
「君、大丈夫? 凄く青い顔してるけど?」
騎士の息子がハルツェに気付いて心配そうに声を掛けて来る。
「いえその、私、魔族は恐ろしい存在だってずっと教えられてきたので、頭では大丈夫と思っていても身体が震えてしまってますの。シシルシ様には悪いとは思うのですが」
「ならば無理に合わせて横に居る必要はないのでは? あの、よろしければ保健室にお連れいたしますが?」
「え? いえ、その……」
「あは。それはいいね。じゃあハルちゃんのことよろしくねお兄ちゃん」
「はっ! かしこまりました!」
シシルシの言葉に敬礼を送ってハルツェを御姫様抱っこ。男は皆に囃したてられながら保健室へとハルツェを連行するのだった。




