外伝・今日のシシルシさん16
「本日はお越しいただき恐悦至極にございますわ」
シシルシがそこへやってくると、メルクリウがやうやうしくお辞儀を行った。
放課後に上級生からお誘いの手紙が送られて来たので、友人、というかルームメイトの三人と共にお茶会へと参加する事にしたのである。
ハルツェの話では令嬢はかなりの頻度でお茶会を開催しており、下位あるいは同位の令嬢からの誘いであれば断ってしまっても構わないが上位貴族の令嬢からの誘いを理由も無く断ることは令嬢人生の終幕に等しいと言われたので、シシルシだけでなくハルツェたちも参加したのである。
何しろ、お友達とぜひご一緒にご参加ください。とかかれていたのだから。
シシルシは体裁の意味でも一人ではなく友人と向かわねばならず。たった一日で出来るような友人が伯爵令嬢様からのお茶会に立候補してくれるような筈もなし。仕方無くルームメイトの三人が一緒に参加することとなったのである。
流石に伯爵からのお誘いとあっては三人も死を覚悟しながらのお茶会となっているので皆震えているのを隠せていない。
「本日はおじゃましまーす。あの、令嬢とかの規律とかシシーは知らないんだよ? 不作法だけど参加しちゃっていいのかな?」
「それは理解しておりますわ。魔族の方に人族領の規律を守れと言っても知らなければ守れませんもの。その辺りはお教えいたしますわ。ささ、こちらへ」
既に来ていた取り巻きたちが優雅にお茶を飲んだり茶菓子を口にして待っていた。
どうやら既に始まっていたようだ。
メルクリウに案内されるシシルシの後ろを、怖々付いて来る三人娘。
仏頂面の伯爵令嬢ラジアータを見付けてさらに顔を青くする。
「そこの三人、こっちに来なさいな。ここに座ればいいわ」
「は、はいっ。ほ、本日はお招きいただゃきありがとうごじゃいましゅっ」
あまりにも緊張し過ぎていたハルツェが噛んだ。噛み噛みだった。
言い終えてから顔を真っ赤にするハルツェにそこかしこから押し殺したような笑いが起こる。
令嬢らしく口元を隠してクスクスと笑う彼らの声に、ハルツェは居たたまれない気持ちになった。
何故自分はこんな苦行を味わいに来ているのだろう? 疑問が湧き上がると頭の中をぐるぐると踊りだす。
「そう緊張しなくていいわ。貴女達の現状は理解しているつもりだから。メルは可愛いモノ好きなうえに構いたがりなのよ。だから依存する取り巻きが多くてね」
うっとりとした顔でメルクリウを見ている取り巻きを横目に見て溜息を吐くラジアータ。
そんな彼女に促され、彼女の隣にハルツェ、ミンファ、ドーラの順に座る。
さりげなく一番遠い席を取ったドーラに気付いたハルツェが非難めいた視線を送るが、ドーラはがんばれ。といった視線を送り返すだけだった。
「あの、ラジアータ様はよろしいのですか?」
「ん? 私? 面白くはないですわね。相手は魔族なのだから。でも、シシルシ様は私達が思い描く魔族像を根底から破壊していますでしょう、ならば問題無いのでは、と思ってはおりますの」
「し、しかしですね、シシルシ様がただの天真爛漫な御方ならそれで問題はないと思うのですが……あの方は」
「あら、何か不安なのかしら?」
テーブルに置かれたティーカップを取ったラジアータは横眼にハルツェを見ながら一口。
ほぅっと周囲が溜息を漏らしそうな吐息を吐き出しティーカップを置く。
「……あまり言うべきではないと思うのですが、時々、シシルシ様の視線が深淵のように窪んで見えて恐ろしいですの。まるで油断して近づくと奈落の底に引き込まれてしまいそうな……あの方は本当にただ天真爛漫なだけなのか? アレが全て演技なのではないかと……」
「不安なのね。私も気にはなるのですわ。この前、食堂での話を聞きましたの。トリアットとかいう子爵と一悶着起こして男達に連れて行かれたとか」
「あ、はい。その時はすぐに戻ってきましたの」
「その後、トリアットが取り巻きの帰りが遅いからと様子を見に行ったことはご存じ?」
「い、いえ?」
「校舎裏の地面にね、十人の男が埋まっていたそうなの。全員、鼻を削がれて……ね」
一緒にオハナ摘みしてきたよ。
不意に、ハルツェの脳裏にシシルシの言葉が蘇った気がした。
全身を悪寒が包み込む。
「オハナ摘み……」
ハルツェの口から漏れ出る単語。本来は令嬢たちにとってトイレに行くと言う隠語として使われるのだが、今回だけはラジアータは別の意味だと気付いた。
「それは、どういう意味の言葉かしら?」
「わ、分かりませんの。ただ、シシルシ様があの日、男の方々とオハナ摘みをしたと。それで満足して帰って行ったと言っておりましたですの。オハナ摘みと言うのが、もしかして花ではなく、鼻を摘み取ることを意味しているのだとすれば……」
「ふむ。なるほど、シシルシ様はただの気の良い魔族の少女。などとして見ない方が良さそうですわね」
二人の疑惑の視線がシシルシに向けられる。
シシルシはメルクリウと楽しげに会話しているので気付いた様子はなかった。
ただ、一瞬ハルツェに向けられた視線は、深淵を覗くような眼をしていた気がした。




