外伝・今日のシシルシさん15
「本日よりお世話になります。魔族領から来たシシルシといいます」
丁寧にお辞儀したのは、本日貴族院にやって来た小柄な少女だった。
令嬢の一部が可愛いという声を漏らす一方、嫌悪感を露わにする者、興味なしと無関心を決め込む者など幾つもの反応が返ってくる。
「シシルシさんは魔族領との交換留学でルトバニアに来ていただいております。扱いとしては王族の賓客となりますので皆さん失礼の無いように」
王族の賓客。その言葉にクラスの空気が一気に張り詰める。
賓客ということはつまり、相手は王族が招いたということになるため。伯爵以下の子供たちしか居ないこの場所では最高品位を持つ存在ということとなる。
魔族と言うだけでも憎しみの対象であるのに、蔑んだ瞬間王族の客を貶めたという王族侮辱罪が適応されてしまうのだ。
プライドの高い貴族院の生徒たちがこのような爆弾娘に関わりを持とうなど思わない者が多い中、トリアット・バースティは静かに唇を噛みしめていた。
あの魔族が、魔族風情が自分よりも位が高い?
ふざけるな。魔族だぞ?
ぎゅっと握りしめた拳が白くなっている。周囲の人間は彼の怒りに気付いていたが、触らぬトリアットに祟りなしとばかりに無視を決め込んでいる。実際には触る気はなくても向こうから来たりするのだが、わざわざ危険地帯に自分から向う阿呆はいなかった。
逆に、ミンファとドーラはシシルシをニヤニヤと見ている。
その横にいるハルツェはついにこの日が来てしまったと青い顔をしているが、彼女はシシルシを見ない事で恐怖感を感じないようにしている。だが……
「それではシシルシさんは……ハルツェさんの隣に座ってください」
「はーい」
たたたっと駆けてくるシシルシ。足を出して引っ掛けたくなるトリアットだったが、ギッと唇を噛みしめ自身を戒める。
公共の場でこいつに何かすれば言い逃れは出来ない。
自分は領主になるんだ。ここで道を閉ざす訳にはいかない。
魔族などのために自分が犠牲になる必要はないのだ。
だが、見逃すつもりはない。
魔族など人族領には不要なのだ。
消えてくれればいいのである。自分の手を汚す必要無く……
暗い笑みを浮かべるトリアット。
彼が何を考えているかなど周囲は今までの彼の行動から既に分かり切っていたが、どうせ自分に降りかかることのない火の粉なので気にせず放置することにした。
何も知らないシシルシは椅子に乗って机に両手を置く。
初めての感覚にえへーっと隣のハルツェを見て気付いた。
彼女は俯いたまま顔を上げようとしていない。
シシルシが余程怖いのだがろうが、これはこれで面白くない。
しばらく地面に付かない足をぶらぶらと動かし、考えをまとめ上げる。
悪戯を思いついたといった顔でにんまりと笑みを浮かべたシシルシはじーっとハルツェを見つめてやる。
しばらく見つめていると、視線を感じるのだろう。恐怖でハルツェの身体が震えだす。
そして脂汗を滲ませ始めたハルツェ。既に精神力は激減しているようだ。
あまりヤリ過ぎるのもアレかと思い、シシルシは視線を逸らす。
その瞬間、プレッシャーが無くなったのを察したハルツェがふぅーっと息を吐き出す。
それに気付いたシシルシがハルツェを見る。再び緊迫するハルツェ。
なにこれ、面白い。
シシルシの遊び心に火が付いた。
授業が行われる間、シシルシは定期的にハルツェに視線を向け続けた。
だから……授業が終わった時にはハルツェが死に掛けたように机に突っ伏していた。
遊び過ぎたかもしれない。
そう思ったシシルシだが、楽しかったのでまぁいいや。と次の瞬間には罪悪感など心のゴミ箱にダンクシュートしておく。
次の授業は遊ばないでおこう。あまり遊び過ぎて壊れられても面白くない。
昼休憩になった頃にはハルツェは既に居なくなっていた。
三時間目の授業で気分が悪いと保健室に向って行ったのだ。
あまりにも可哀想な姿だったので、シシルシは先生に直談判してドーラとミンファの間に自分の席を移して貰う。ハルツェが魔族が苦手ということはわかっていたのでミンファとドーラからは既に了承を得ている。
結果、明日からのハルツェは問題無く授業を受けられるだろう。
残念ながら本日の残りの授業を受けることはムリそうだったが。
結局、昼休憩はミンファとドーラとシシルシの三人で楽しく取らせてもらった。
この二人は普通に話ができるのでシシルシとしてはハルツェにも同じように接して貰った方がよかったのだが、彼女は妙に敏いようなので、違うアプローチが必要になる事は理解している。
さぁてどういう起ち位置にしてやろう? 今から楽しみなシシルシだった。
貴族院は今、シシルシという名の怪物の遊び場になろうとしている事を。今はまだ、誰も知らない。




