外伝・今日のシシルシさん14
「魔族が、調子に乗るなよ?」
「ぷはー。やっぱり伯爵用の食事って豪勢だねー。シシー野菜とお肉だけでお腹一杯」
口元に肉のタレを付けたまま笑みを浮かべるシシルシ。慌てたようにミンファがシシルシの口元を拭う。
子供っぽい仕草のシシルシに無視され、トリアットはさらにブチリと堪忍袋の緒が切れる。
無言で背後に従う騎士の息子たちに視線を向けた。
行け。無言の言葉に彼らはいつものように対象の女性を全員で捕まえる。
「あ、シシーっ!」
「ちょっとトリアット、何をする気なの!?」
「黙れハルツェ。貴様も路傍に打ち捨てられたいのか?」
見下した視線で見つめられたハルツェはびくりと震える。
「シシー、先生呼ぶから、それまで……」
「ドーラちゃん。御心配なく~。ちょっとオハナ摘みに行って来るだけだから。えへへ。ほらほら、女の子にそんな乱暴しちゃダメなんだよ。付いてくから邪魔邪魔~」
掴みかかって来た男達の手を強引に振り払い、自分から歩き出すシシルシ。
振り払われた男達はあれ? え? と戸惑った顔をしていた。
それはそうだろう。今まで襲った女性はあまりにか弱く、どれ程暴れようとも振り払う力は無かったのだ。
それは、違和感として残ったが、男達にとってはたまたまタイミングがよかっただけ。程度に認識された。
もしも、この時シシルシのレベルを確認する事が出来ていたならば、彼らの未来はもまた、変わっていたかもしれない。
「ククク、ハーッハッハッハ。クソな魔族はさっさと魔族領に逃げ帰れ。まぁもう逃げる事すらできないがなぁ」
満足げに高笑いしながらトリアットは食堂を後にする。
食事を取りに来たはずの彼はシシルシを排除できたことで頭いっぱいになってしまったらしく、そのまま自室へと戻って行った。
直接手を下すことなくシシルシを排除した報告だけを聞くつもりのようだ。
だから、幸運にも地獄を免れたとも言えるし、さらなる絶望へと突き進んだとも言える。
ただ、言える事があるとすれば、彼はあまりにも愚かだった。それだけだ。
「ありゃー。これはまたおあつらえ向きな通路だねぇ」
校舎と校舎の継ぎ目と良べきか。裏庭に連れて来られたシシルシは、まさに誰も来なさそうな、ソノ為だけに作られたような袋小路を前にして感想を漏らす。
騎士の息子たちは数えるだけで10人はいる。
皆トリアットの言いなりの下級貴族である。下手にトリアットに逆らうと御取り潰しや一家離散になるのでどうしようもないというのもあるのだろうが、ここに居るメンバーは率先してトリアットの怒りを買った女性を犯しているメンバーなのだろう。
皆下卑た笑みを浮かべている。
男達に促されるように袋小路の最奥へと向かうシシルシ。
男達は初めての魔族少女ということでテンションが上がっているらしい。
さぁ、滅茶苦茶にしてやる。
男達が全員袋小路に入ったのを確認し、シシルシはくるりと彼らに振り向いた。
その顔を見た男達は、一瞬で高揚感が凍りつく。
「さぁ、俺様とお鼻摘みと行こうじゃねぇかァ、蛆虫共」
まるで手を出してはいけない深淵へと踏み込んでしまったような虚無の三つ目が彼らを見ていた。
「ひぃぃぃぃっ」
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ」
「た、助け……がぁぁっ」
「い、嫌だ、か、かあさーんっ」
その日、男達の絶叫が盛大に響いた。
しかし、そこは滅多に人が来ない裏庭の、さらに奥まった袋小路。
誰かが異変に気づくことはなく、10体のオハナを摘まれたモノが地面に埋まっているのが発見されるのは、報告が無く様子を見に来たトリアットが来た時だったという。
「ただいまー」
先生にシシルシの事を報告しようか戸惑うドーラたちが食堂から動けずにいると、何食わぬ顔でシシルシが戻って来た。
どこかでまたお肉でも食べたのだろうか? 頬に赤いタレが付いている。
ちょこちょこっと走り寄って来たシシルシは、自分の席に座ると笑みを浮かべて皆に迎え入れられる。
「大丈夫だった? というか、この赤いの何?」
ミンファに拭いて貰ってシシルシはうーんと言い淀む。
「皆でね、オハナ摘みしたの。その時に付いちゃったんだね。てひ~、めんごめんご」
「謝らなくてもいいけど。もう、心配したじゃない」
「大丈夫?」
「うん。オハナシしたら満足して帰って行ったよ? 今は皆行儀よく並んでるんじゃないかな~」
「並ぶ?」
よくわからなかったミンファとドーラは首を捻る。
しかし詳しい説明は齎されなかったので、話自体が別の話題へと向かって行く。
だが、ハルツェだけは素直に喜べなかった。
何しろ彼女はシシルシの本性を推察しているのだ。
あの赤いのはなんなのか、彼女は理解できてしまっていた。
血だ。アレは血だ。
シシルシの、ではない。相手の男達の返り血だ。
ならば、男達はどうなった?
ハルツェは先程からしきりにでていたオハナ摘みという言葉を思い出す。
するとなぜだろう。全身の震えが止まらなくなるのだった。




