外伝・今日のシシルシさん13
「うわー、本当に豪華だ」
夕食を取りに食堂に向ったシシルシは、目の前に置かれた食事を見て思わず声を上げた。
その感嘆に、食堂に来ていた生徒たちの視線が彼女に集まる。
ソレに気付いたハルツェが凄く恥ずかしそうに俯いてしまう。
「むぅ、注目が……」
「シシー、あんまり声を上げないで。なんか凄く見られてるから」
一度注目されてしまえば、人族の貴族院に一人だけ存在する魔族の娘だ。集中的に噂の的になるのは当然で、好奇に嫌悪、様々な視線と噂が飛び交い始める。
初めて見る額に眼を持つ人外に、貴族の子供たちはあることないことを言い始めていた。
当然、その噂はシシルシと共に居る三人にまで及ぶ。
「てひー、めんごめんごー。でも、凄いなー食べきれないよ」
子爵メニューはスープに前菜、パンと肉とご飯にデザートが付いている。
かなり豪勢なソレは、騎士団見習いなどで運動をしている男性ならば食べきりそうだが、運動もしないハルツェたちには過ぎた量である。子爵は全員これを頼むようで、男爵のメニューは肉がワンランク下のモノだったりパンの数が少なかったりとちょっとだけ見劣りする。
ドーラの分はさらにみすぼらしくされてはいるが、それでも量だけは食べきれるものではなかった。
そしてシシルシが頼んだモノは……
伯爵用に作られるコース料理の肉と前菜だけである。
頼んでみたら普通にこれだけ作ってくれた。
魔族が相手だからと何かしらの嫌がらせがある事も無く、仕事は仕事として嫌そうな顔をしながらも作ってくれたのである。
前菜は金粉がちりばめられた豪勢な野菜の群れで、おそらくA5ランクの肉厚ステーキがシシルシに食べられるのを待っていた。
これ程の肉厚ステーキは、自分で動物を狩ったとしてもなかなか食べられない。
丸ごと食べることはできるがこの部分だけを切り取るのはシシルシの技量では無理なのだ。
味付けも高級感があり思わず唸るくらいの美味しさがあった。
初めてコレを食べるシシルシはまさに料理漫画のように美味しさの表現は言葉にしがたいほどだったという。
「シシー美味しそうに食べるねぇ」
「えへへ。だって本当に美味しいよ。お肉ってここまで柔らかくなるんだねぇ。赤いおぢちゃんがA5ランクの肉は口の中で溶けるって言ってたけど、本当にとろけるねー。うまうま」
「も、もぅシシルシ様、口元が汚れちゃってますよ」
「教養が……」
口元を汚しながら肉に齧り付くシシルシの口元をハルツェが拭き、ドーラが呆れた顔をする。
見かねたミンファが肉の食べ方をレクチャーするが、貴族式の食べ方のため、シシルシには不評だった。早く食べて味わいたいシシルシは、やきもきしながらもミンファに言われるようにナイフとフォークを使って悪戦苦闘しながら食事を始める。
「どうしたどうした? 食堂に変なのが入り込んでいるじゃないか? いつから貴族院は魔族臭い生物を飼うようになったんだ?」
不意に、嫌味な男の声が聞こえた。
周囲のざわつきが一瞬で消えてしまう。
シシルシは相手を見る事も無く理解した。こいつがトリアット・バースティという名の子爵息子だ。
視線を向けるとザ・ブルジョワ。といった男がいた。髪はヘアスプレーなどで固めたように前面から後頭部へと流れる流線形を描いている。
眼を見開き蔑んだ笑みを浮かべる男は、シシルシと目が合うとフッと鼻で笑った。
彼が魔族を見下しているのはそれだけで十二分に理解出来る。
理解はできるが、シシルシにとっては路傍の石。
意識する程でもないので無視して食事を再開する。
うまうまと野菜を食べながらシャクシャクと音を立てていると、無視されたと気付いたトリアットがイラついた顔になる。
「おい魔族、この俺様を無視するとは良い度胸だ。貴様この俺様が誰かわかっていないのか?」
「子爵のトリアット・バースティ。だっけ? 合ってるよねハルちゃん」
「ふへ!? う、うん」
突然振られたハルツェは慌ててコクリと頷く。
「で? 何か用?」
どうでもいいと食事しながら聞いて来るシシルシに、トリアットは顔を引くつかせた。
自分は強いと勘違いしている子爵家の小倅など、シシルシにとっては塵芥の存在なのだ。
そもそもシシルシは魔族領からの使節団団長という地位に当るため、子爵程度がおいそれと声をかけて良いような存在ではない。
むしろ国賓として丁重な御持て成しをされてしかるべき存在なのである。
シシルシがソレを必要とも思っていないことと、ルトバニアの国王達にとってはシシルシが死んでくれた方が都合がいいのでしたいようにさせているだけ、むしろ下手に関わるとシシルシが暴走しかねないため放置しているともいう。
一応、ソルティアラの命を受けた潜入チームがシシルシを見守っているが、彼らが行うのはシシルシがやり過ぎないように止める役である。
断じてシシルシが事件に巻き込まれるのを止める役ではない。
だから、これは起こるべくして起こった悲劇であるとも言えた。




