外伝・今日のシシルシさん12
「へー、そうなんだ?」
今、ミンファたちの話の中心は、シシルシへの寮内での基本ルール説明だった。
シシルシが出現以降、まさに相手のペースで自分たちが引き込まれている。
恐ろしいほどの会話掌握手段を目の当たりにしたハルツェだけが会話に混じれず静かに震えていた。
「そうね。食事は多い」
「貴族だから見栄にこだわる人が多くてね。食堂にある食事は豪華な分、量が多いのよ。アレ全部食べたら太るわよ」
「少量なのはないの?」
「ええ。全部大量。男爵や子爵用などで別れてるだけで基本の量は変わらないわ。出来るだけ見栄えで見栄を張るようにと学校側が用意したのよ。といっても準男爵のように平民上がりの人もいるから一応素うどんとかの安い食事はあるけれど、上流貴族に馬鹿にされるからよっぽどの変人じゃないと食べないわ」
「自分の家柄以上のも食べちゃダメ」
「えー。食べたいモノ食べよーよ。もったいない。食べられない人にあやまれー」
「いやいや、私達に言われても」
もはやシシルシは普通にミンファとドーラの友人ポジションを確保していた。
ぬるっと這い寄ってきていつの間にか周囲に溶け込んでいるのだ。
ハルツェはその手腕に恐れ慄く。
「……ハル、どうした?」
ドーラに気付かれたハルツェ。シシルシが会話に混じり始めてからずっと喋っていないのに気付いたのだ。未だに怯えているハルツェを見て首を傾げる。
「んー。やっぱり魔族だから、嫌?」
困ったように小首を傾げるシシルシ。
その言葉に、ミンファとドーラの視線がハルツェに集まる。
ハルツェ、人生最大の危機が突然訪れた。
ここで下手な返しをすれば、ミンファとドーラとの仲に亀裂が生まれてしまう。
仲良し三人ではあるし、位はハルツェが一番高いので眼に見えた邪剣はされないだろうが、腐っても貴族。影で何を言われるかわかったもんじゃない。
下手をすれば数日後にはあることないこと噂が立ってハルツェが悪女にされかねない。
特にこのシシルシの情報戦の上手さは恐ろしいモノがある。彼女が本気で個人を潰しにかかれば、おそらくハルツェなど簡単に社会的地位を抹消されるだろう。
本性に気付いてしまったが故の葛藤。
真実を声にシシルシを罵ったところで、返ってくるのはミンファとドーラの蔑みだ。
ならばここは、自分の本音を隠し、同調するのが一番なのである。
怯えはあるが、彼女とて貴族令嬢。顔で笑って心で泣くのはお手の物だ。
「申し訳ありません。頭では分かっているのですが昔から魔族は忌む者と教えられて育って来たせいで、身体が震えてしまって」
「あらら。生理現象じゃ仕方無いね。無理はしちゃだめだよハルちゃん」
苦笑しながら心配して来るシシルシ。
ミンファとドーラも同情の視線を向けて来ていた。
どうやらなんとか正解の行動が出来たらしい。
「ハル、良かったら場所変わる? シシーの横に居るより、正面の方が気楽に話せるかも」
「そ、そうですかね? じゃ、じゃあお願いしますの」
ハルツェはそういう問題ではないと叫びたかったが、声を喉元で押し返し、同意を告げる。
位置を変わって貰えたせいで、確かに少し気楽にはなった。
しかし、根本的に人類の敵が目の前に居ることに変わりは無いのだ。
こんな思いを隠しながら友達付き合いをしないといけないのは胃が痛い。
「じゃあ後は……貴族院での行動ね。多分ここに来たってことは私達と同じクラスに入ると思うのよ。だったら気を付けておくべき存在を教えておかないと」
「伯爵家の二人」
「あれは例外。もう既に知り合ってるから問題無いと思うわ。それよりも子爵の男性は気を付けないと。騎士の息子たちを束ねているから下手に反感を買うと襲われかねないわ」
「私と同じ子爵ですの。名前は確か、トリアット・バースティ様ですの」
「アレは、酷い」
ようやく会話に入って来たハルツェ。その顔はまだ青いが、他の二人に心配されないよう、表情には無理矢理笑顔を張りつけて会話に望む。
「トリーちゃんだね? そんなに酷いの?」
「本人は自分が望めば殆どの人間は自由にできると思っているようで、男爵令嬢などの後ろ盾が低い女生徒が襲われて、奴隷のように使われてますの。同階級の私でも下手に口答えすればお付きの騎士息子たちにより死ぬより恐ろしい目に……」
「ふーん」
「いや、ふーんじゃなくてね。シシーも気を付けなよ。私達はハルが居てくれてるから襲われることはまずないんだけど、魔族というだけで人族からは疎まれるから、襲われても誰も助けてくれないかも?」
「大丈夫だよー。シシー酷い人はオハナ摘みに参加させちゃうから。えへへ。楽しみだなぁ。そんな酷い人なら王のおぢちゃんたちも文句ないよね。てひひ」
お花摘みって、ダメだよシシー、トイレに参加させるのはどうかと思うよ。と顔を真っ赤にして否定するミンファ。ドーラは意味の違いを理解できていたようでミンファを暖かい目で見守っている。
そして、やはり一人だけ真意に気付いてしまったハルツェだけが深淵となったシシルシの眼を見て震えていた。彼女だけは気付いたのだ。自分たちの認識しているお花摘みと、シシルシが言っているオハナ摘みは全く別物だと言う事に。




