外伝・今日のシシルシさん9
その日、ルトバニア王国貴族院女子寮に、新たな転入生が来るという知らせが駆け廻った。
しかも、噂では魔族だと言う事である。
交換留学という魔族との話し合いによりやって来た魔族の女が、この学院にやってくるというのだ。
しばらく一緒に授業を受けることになるとあり、貴族院の少女たちはにわかにざわめいていた。
「まぁ、嫌だ。魔族がこの学院に来ると言うの?」
「ふふ、まぁそう嫌そうにしては淑女としていかがなものかと思いますわよラジー」
赤い絨毯が敷かれた廊下をゆったりとした動作で歩くのは、同じ制服を着た二人の女性。
その後ろには同じ制服の女性が二列に分かれて付き従っている。双方五人程の取り巻きである。
ラジーと呼ばれた女性は厚化粧に天を突くように巻き上げた髪。まるで頭の上で塔でも作っているようなありさまだ。
クジャク羽で作られた扇子を仰ぎながら隣の女性を見る。
「あら、メルさんたら魔族がここを我が物顔で歩くのですよ。汚らわしいと思いません事?」
「それを口に出してはいけない。そう申しているのですわラジー。ほら、下級生達にも示しが付きませんわ。どのようなモノが来ても凛と気高くある事こそ、我が伯爵家の誇り」
ふふん。と挑発的に口元を隠すのはラジーの友人でもあり好敵手でもある存在。
青く長い髪をバレットで纏めたストレートヘアの伯爵令嬢である。
言葉使いこそ丁寧だが、彼女の性悪な性格はあまりにも有名だった。
ラジーも何度煮え湯を飲まされた事か。
しかし、気が合うのもまたこの二人の特徴であった。
同じ伯爵令嬢であるため、互いを敵視しながらも同年代で同じ伯爵位を持っているのは、二人だけなのだから。
「ほら、噂をすれば……」
「まぁ、なんと破廉恥な……」
前方の角を曲がって現れたのは、胸が大きく腰が引き締まり、お尻がきゅっと引きしまったモデル体型の女だった。
露出癖でもあるのかと思えるほどに肌を見せ、隠している部分はビキニアーマーとも呼べる胸防具と、Tバックとしか思えない防具の体を成してない服だけであり、それ以外は素肌の女。
背中からは蝙蝠羽が生えており、側頭部の辺りに角のようなモノが生えている。
腰をくねらせ、まるで周囲に見せつけるように歩いて来る女は、なぜか疲れたような顔をしていた。
時折「何で私が……」という謎の呟きが聞こえてくる。
そんな一目で魔族と分かる女は、ラジーとメルの前までやって来て、双方立ち止まる。
「あのー、通れないんだけど?」
「それはこちらの台詞ですわよ破廉恥な御方。ここ貴族院女子寮では上級生が全てにおいて優先されますの」
「郷に入っては郷に従え。本日来られたようなので咎めることはありませんが、早急に貴族院の規則を覚えておく事をお勧めしますわ」
「うわー、そうなんですかー」
魔族の女はへーっと納得するように頷き小声で「めんどくせ」と吐き捨てた。
耳敏く聞いたメルが口を開くより先に、魔族の女は二人から視線を外す。
「だそうですよ。どうします?」
誰に言ってるんだ?
ラジーとメルは魔族の女が視線を向けた先、彼女の背後に視線を向ける。そこには……少女が居た。可愛らしい少女。一見すれば人間の少女に見えなくもない華奢な少女である。
しかし、彼女の額には、三つ目の眼が存在していた。
「ふーん、規則なんてあるんだ。王のおぢちゃんそんなの言ってなかったのに。やっぱり聞くと見るじゃ違うねー。フェレ、後で確認しといてね?」
「えー、また私の睡眠時間削るんですか」
「オハナ摘んじゃうゾ?」
「はっはっは。嫌ですねシシルシ様。私の睡眠時間など些細なモノより規則確認最優先ですよ」
「あ、貴女たち、私たちを無視するとはいい度胸じゃないっ、ねぇメル……メルクリウ?」
「ちぃさい、かぁいい、お持ちかえりぃ……はっ!? あ、失礼ラジー。何か言いまして?」
何か見てはいけない顔をしていたメル。まるで先程の顔が嘘だったかのように取り繕う能面のような凛とした顔に戻ったことでラジーは我が目を疑った。
気のせいだろうか? 今まで見たことのない顔をメルがしていた気がする。
「あ。あのねあのね。初めまして。魔族領から人族領の見学に来てるシシルシだよ。今日からよろしくお願いします」
元気一杯のシシルシがフェレを押しのけるように前に出て丁寧にお辞儀をする。
貴族式のお辞儀ではなかったためラジーが咎めようとしたのだが、その横にいたメルが貴族式の礼で対応する。
スカートを持ち上げ頭を下げるメルを見て、仕方無くラジーもそれに倣う。
「初めましてシシルシ様、私、カストレット伯爵令嬢、メルクリウ・カストレットと申します」
「礼義が成っておりませんが魔族領式の挨拶と思っておきましょう。初めましてシシルシ様。私はドーレッツィア伯爵令嬢ラジアータ・ドーレッツィアと申します」
「ほほぅ、じゃーメルちゃんとラジーちゃんだね!」
あくまで無邪気なシシルシ、ラジーは思わず叫びそうになるが、好敵手が大人しい手前、ここで自分だけ叫ぶのは淑女としてどうかと思われたので黙っておくことにした。
だが、彼女の横でメルが「め、メルちゃんだなんて……」と涎をじゅるりと啜っていたのに気付くことは無かった。




