外伝・ラガラッツの苦悩
本日、魔王陛下がこの地に慰問に訪れると聞いた。
ゴブリン族でありながらも知性を見出した御蔭で魔将として昇りつめたラガラッツにとっては初めて見る魔王の姿とも言える。
ギュンターが魔王になった後でカルヴァドゥスに見出された歩兵の一人だったため、魔将に位が上がっても魔王への謁見の暇なく戦場で闘い詰めだった。
魔王が代替わりして和平が成ったと聞いた時は、どのような阿呆が魔王になったものかと思ったモノだが、その現魔王を目の前にした今、彼は震えるしか出来なかった。
彼の目の前には魔王が居る。
赤いスーツを着た人間と思しき存在だ。
正直、魔王と知らずに会えば、人族の変わった敵程度にしか認識できなかっただろう。
それ程に普通の人族の口調と態度であり、魔王然とした姿も雰囲気も無かった。
だが、その背後に佇む女性陣のせいで彼が王であるということをこちらに見せつけている。
さらに天幕の奥にひっそりと設置された魔木。その顔は兵士時代に伝令として向った北方で見たアウグルティースという名の魔将の顔に似ていた。あまりにも似過ぎた顔のある魔木だった。
それに、ラオルゥが楽しげに水をやっている。
あの木は何か? 聞きたくなかったが、聞かずには居られなかった。
聞いて、その正体を知って、恐怖で身体が震えた。
やはり、アレはアウグルティースだったのである。
自分よりも実力が上、賢しい知識のみで成り上がった自分等天と地程の差があるアウグルティースが、木にされてしまっているのである。
魔王の機嫌を損ねたら……自分も魔木に?
思い至った瞬間ラガラッツは全身の震えが止まらなくなった。
目の前で悠然と座っている魔王、ジャスティスセイバーが限りなく恐ろしいモノに思えてくる。
「どうした? 率直な意見を言ってほしい」
これは、揺さぶりか?
ここで率直に何を答えれば正解なのだ?
この和平は近く人族側から破られます、仮初めの和平では無意味。人族が押し寄せる前に再戦を唱えて殺しつくすべきです。そう、進言してほしいとでもいうのか?
だが、待ってほしい。あのアウグルティースがなぜ魔木にされたかを。
人族を引き入れ今の魔王を殺そうとしたからか?
ディア様という誰かの領地に無断侵入させられそうになったからか?
もしくは、単純に人族との間に和平を築くことに反対した者を駆除しただけか?
どう答えればいい?
何を答えればいい?
ラガラッツは必死に考えた。いつも使っている頭は高速で幾つもの考えを張り巡らせるが、それが脳内でぐるぐると回りフォークダンスを踊りだす。
「魔王陛下。どうも誤解があるようですが……」
ラガラッツが答えに窮していると、見かねたエルジーという女が声を出す。
人族からスパイとしてやってきている女であり、ある種手の出せない敵とも呼べる存在だ。
まさかその相手に助け船を出されるとはラガラッツも驚きが隠せなかった。
「む? 何か誤解があったか?」
「魔木がアウグルティースなのを教えたせいで彼は下手な答えを言えば自分も魔木に変えられるかと不安に思っていますよ。これでは的確な言葉が聞けません」
「ああ、なるほど。魔木は俺に叛意を持つモノに対する反応を見るためのモノだったんだが、ラガラッツには藪蛇だったみたいだな」
「藪蛇……ってそんな使い方だっけ?」
矢鵺歌と呼ばれる少女が苦笑する
「まぁ、その辺りはどうでもよかろう。セイバーがお前に聞きたいのはこれからお前がどうしたいかだ。もしも闘いを望むなら南か北の戦地に向かって貰おうと思っているらしい。逆に和平賛成派であるのならば町に戻るもよし、人族が和平を破ってきた際に防衛に回りたいのであればこの戦地に留まればいい。どれを選ぶか、それが聞きたいと言っているだけだ。気楽に答えればいい」
ラオルゥの言葉でようやくラガラッツの思考が正常に回り始めた。
つまり、魔木に関してラガラッツはそこまで関係は無いようなのだ。
自分に問われていたのはこれから先どこで仕事をしたいのか。その程度のことだったらしい。
「そ、それでしたら、和平が結ばれたとはいえ人族がいつまた牙を向くか分かりません。ですので私はこちらに残り、睨みを利かせておきたいと思います」
「そうか。スマンな、言い方が悪かったらしい」
「いえ。こちらこそ察しが悪く申し訳ございません」
「ラガラッツはこのままここを任地にしたい。ギュンターにも伝えておこう」
「ギュンター様に、ですか?」
「ああ。俺は魔王になった訳だが、人族だ。俺が指揮を執るよりもギュンターの方から指示が来た方が受け入れ易いかと思ってな。俺は影でゆったりしてる方が性に合ってるらしい」
本来は悪を倒すべきなんだろうけどな。とよくわからない事をいう魔王。
その後幾つか会話を行い、ラガラッツは無事、個別面談を終えて天幕を出るのだった。
何故だろう。天幕を出た瞬間、広がる青空が無性に愛おしく思えたのは?




