外伝・今日のシシルシさん7
王城に戻ったシシルシ達は、城に死蔵されている禁書を求めて王族くらいしか入れない書庫へとやって来ていた。
よっぽど来る事が無いのだろう、埃まみれで黴臭い部屋を見て、思わず全員がうわぁっと息を呑む。
「これは、なんか変な病気になりそうだな」
「誰も掃除しないんだねー」
「王族以外立ち入り禁止ですから。しかし、これはさすがにダメですわね」
「んー、モルガーナさんに掃除させようかー?」
「流石にソレだと機密漏洩が……スライムなら直ぐに済みそうですが……」
魅惑的な誘いに乗りたいソルティアラだが、禁書が丸裸になるのは避けたいようで、頭を抱え始める。
今回は交換条件を付ける訳にも行かない。掃除を頼む側なのだから。
なんとか信頼のできる人物に掃除させるか、自分でするしかないだろう。
自分でするのは面倒だし、他人に任せるのもあまりやるべきじゃないのなら、ここはもう放置でいいだろう。どうせ王国史を調べる以外でここに用は無いのだから。
ただ、シシルシがにこにこと笑みを浮かべているのが不気味ではあるのだが。
「これ、だったかしら。ほら、さっさと戻りましょ」
流石にここで調べ物をする訳にも行かないので目的のモノを手に入れると即座に書庫を後にする。
メイドに一度渡して埃を取り除いてもらい、シシルシの部屋で王国史を見ることにした。
目的は家系図にある女勇者と夫の王。その血縁だ。
「ありましたわ。これが女勇者です」
「すっげぇなこの系図。この辺りだけでも100人くらいいるんじゃないか?」
「丁度魔王討伐の時期でしたからね、第一王子から89人の王子が魔王討伐で命を落としています。それで……おそらく、コレ、ですね」
一人、外れて名前のある人物。行方不明となっているそうだが、しっかりと名前が残っていた。
カシェル・ルトバニア。
メイドより生まれながら勇者の取り計らいで王族の末席に加えられた人物。しかし、待ち望んだ勇者の元へ、彼は帰ってくる事は無かった。
「カシェル……」
「……シシー?」
ふいに、つぅっと頬を伝う雫に大悟は気付いた。シシルシが泣いている。
本人すら意図していないようで、ただただその名前だけをずっとシシルシは見つめていた。
まるで愛しい人に会ったように、つぅっと名前を指先でなぞる。
瞳を閉じて天を仰ぐ。
流れる涙そのままに、シシルシは何かを思い出すようにしばらく、上を見上げていた。
ソルティアラと大悟は理解はできずとも、何かしらの思い出があったのだと察し、シシルシが動き出すまで、静かに見守るのだった。
「……赤いおぢちゃんに感謝しなきゃかな。人族領に来られてよかったよ」
気付いた涙を拭き取り、シシルシは鼻を啜る。
「ちょっと、一人にしてほしいかな。お二人の邪魔はしないから」
そしてさっさと出てけと口にするシシルシ。困った顔をするソルティアラと大悟。しかし、シシルシの先程の表情を見るに、少し感傷に浸りたいのだろう、と気を回すことにした。
ソルティアラと大悟が出て行くと、涙を拭き取りベッドに寝ていたフェレを蹴り起こす。
「あいたっ!?」
「いつまで寝てやがるこのタコッ。オラ、仕事だ。モルガーナとガンキュに連絡とって部屋に連れて来い。5秒以内だ。連れてこれなかったら地面に埋めて鼻摘むぞクルァ」
「た、ただいまっ!!」
蹴り起こされたフェレは意味が分からないままに部屋を飛びだす。1~、2~と数えはじめたシシルシの声を聞き青い顔で走り出すフェレ。
間に合わないのは絶対に分かり切っていたが、それでも命がけで走るフェレだった。
「まぁ、確かに感傷はあんだけどなソルティちゃん。俺様そういう感情薄いんだわ」
くっくと悪どい笑みを浮かべシシルシはベッドに腰掛ける。
「さぁて、王族の禁書をぜぇんぶ見せて貰おうか」
数分後、慌ただしく戻ってきたフェレとモルガーナ、そしてガンキュ。
特にガンキュは目にしたモノを後から他者に見せられるので、書物系を盗むのに適していると言える。
フェレはなんとか10分で二人を集めて来たのだが、顔は青いままだ。
正直、何処にいるかもわからない二人を集めるのはこの程度の時間で行える所業ではないのだが、フェレの優秀さを持ってしても5秒で行う事など不可能だった。
「シシルシ様、お呼びだとか?」
「うん。禁書庫に行って来たんだよ。重要な書物とかありそうだからガンキュはソレの写しをよろしく。あと書庫汚かったからモルガーナは掃除お願い」
「あの、私は生体掃除機ではないのですが?」
「ふーん。別にシシーはいいんだよ。摘めるオハナが二つになるだけだし」
びくんっと、フェレが直立不動になる。お願いします許して下さい。そんな顔をしているが、彼女を視界から消して、シシルシはモルガーナを見る。
一瞬、深淵の覗く三つ目で見てやると、ようやく事態を察したモルガーナが震えながら頭を垂れた。
「い、今直ぐに致します」
「ありがとー。モルガーナいい人だね。じゃあよろしく。あ、これ、ここから書庫に向う方法ね」
さらさらと羊皮紙に書いて手渡すシシルシ。羊皮紙はどう見てもルトバニアの重要機密が書かれた紙の裏面だったが、誰もそれを指摘する者はいなかった。




