外伝・今日のシシルシさん6
仲のいい姉と妹みたいだ。
ソルティアラの膝に座り本を読むシシルシを見ながら、大悟はそんなことを思っていた。
当のシシルシは物語を真剣に読みながら、時々納得いかないようにうーんと唸る。
最後までぱらぱらっと読み終えたシシルシは、三つの眼を閉じてむーんと考え込んでいた。
そんな様子をつぶさに観察しながら、ソルティアラと大悟は首を捻る。
普通の冒険譚だ。
勇者が召喚されて、国のために魔王退治に出かける。
剣士、魔法使い、僧侶、遊び人を引き連れて、途中魔族の娘を改心させて旅を続ける冒険譚。
途中で遊び人が遊び過ぎてパーティーから追い出され、魔王戦で魔族の娘が裏切り窮地に陥った勇者が正義の心で魔王を撃破するという冒険活劇。
大悟が見ても胸熱の感動を覚えるファンタジー小説のようなものだ。
ソルティアラもいい英雄譚です。といった様子で感動している様子だった。
ただ、シシルシだけが面白く無さそうな顔をしている。
「むー。やっぱり載ってない」
「載ってない? 何が載ってないのですか?」
「名前だよソルティちゃん。赤い髪のおぢちゃんの名前がわかりません」
「赤髪? ああ、この絵から見るに遊び人の?」
「遊び人じゃないよ! 赤いおぢちゃんは王族なんだよっ。メイドの子供で、弟のお目付け役で一緒に勇者に付いて来たんだよっ」
シシルシにしては感情的な声で叫ぶ。
思ったよりも響いた言葉に、周囲の貴族から疑惑の視線が注がれる。
図書館という性質上騒ぐのは厳禁と思っている大悟は慌ててシシルシの口を手で塞いだ。
「ば、馬鹿、大声出すなって、図書館ではお静かに、だぞ」
「んー。大悟めんごー」
「それはギャグか何かか? はぁ。つかなんか見て来たような言い方だな今の」
「え? ああうん。ここにある魔物の娘ね、ラオルゥちゃんだよ。勇者がラオルゥちゃん引き入れたから赤いおぢちゃんが勇者を庇って追い出されたの。それでね、シシーと出会ったんだよ」
意外な真実をいきなり聞かされ大悟もソルティアラも「はっ!?」と思わず大声をあげていた。
直ぐに我に返って図書館を見まわし顔を赤らめる。
王女なのになんてはしたない。と思わずソルティアラが自己嫌悪で頭を抱える。
「シシルシさんはこの遊び人の名前が知りたいのですね?」
「だからぁ、遊び人じゃないってば」
「し、失礼。この赤髪の名前が知りたいのでしょう」
深淵覗く瞳で睨まれ、ソルティアラは思わず呻く。
言葉を直して尋ね、シシルシが頷くのを見たソルティアラは顎に手を当て考える。
「城にある王族史になら名前があるやもしれません。この勇者伝説の発祥はルトバニアですし」
「あれ? そうなの?」
「はい。裏切りの魔族ラオルゥの話は王族に伝わっております。当時の勇者は次代の王と婚約していたはずです。ラオルゥを封印した剣が宝物庫にあったと思いますわ」
「へー。剣はどうでもいいけど、うん。その王国史見せてほしいなぁ」
「そうですね……では交換条件に、教えていただけますか?」
「なにをー?」
「貴女が手に入れている機密情報がどこから齎されているのか」
ソルティアラの言葉に空気が凍った。
大悟は思わず全身を突き刺すような寒さを味わうが、それも一瞬。
直ぐに静寂に包まれた図書館の空気に戻る。
「それはダメかなぁ。シシーもね、一応商談で交換条件に教えて貰ってる訳だから。裏切りはダメなんだよ。信用第一なのだよソルティちゃん」
「貴女から信用第一等と言う言葉がでるのが不思議でなりませんが、仕方ありませんね。では……」
「あ、そうだ。だったらこう言うのはどうかねソルティちゃん」
ソルティアラの言葉を遮って、シシルシはルトバニア貴族の闇の顔をつらつらとあげて行く。
よくもまぁ知っているなと思えるほどの大スキャンダルが次々に飛びだして来る。
あの宰相、裏でそんなことしてたのかよ。思わず呟きたくなるほどの大問題が出血大サービスされていた。
「ちょ、ちょっと待って。今、整理しますわ」
衝撃の事実を聞かされソルティアラも青い顔で眉間に皺を寄せる。
「証拠は、ございますの?」
「報告書でよければあげるよ? 頼めば書いてくれると思うから」
「いいですわ。それで手を打ちましょう」
こうして密約は交わされた。
シシルシは王国史を見る権利を得、ソルティアラは重役たちの秘密を握り、彼らを従える術を得た。やろうと思えばいつでも王を蹴落とし自分が王政を振るえる状態になったのだ。
そんな女同士の密約を見て、大悟だけが女って怖い。と静かに震え続けるのだった。
しかし、彼らは気付いていなかった。
三つ目のシシルシを奇異の視線で見つめる、三つの視線があったことを。その一人が、不意に口元を悪意で歪めた。




