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駅前でバスを降りた。
陽が落ちるのが早くなったせいか、いつもとあまり変わらない時間なのに、あたりは薄暗くなっている。
「保育園までついて行ってもいい?」
「え?」
「もう少し、佳耶と一緒にいたいから」
さっき私とキスした唇で、吉武はそんなことを言う。
また明日学校で会えるのに。だけど私もほんとうは同じことを思っていた。
いつもひとりで歩く道を、今日は吉武とふたりで歩く。
歩きながら私たちは、いろんなことを話した。
友達のこと。家族のこと。小さかった頃のこと。将来のこと。
そしてまたひとつ、私は吉武のことを知る。
部活に入らず、友達とも遊ばず、毎日弟のお迎えに通う私は、不幸ではない。弟の凌空はかわいいし、お母さんは私に感謝してくれてるし、何かを無理やりやらされているわけでもない。
だけど時々少しだけ思う。
ひとりで校舎を出る放課後。茜色に染まる空を見上げた時。冷たい風が制服のスカートを揺らす瞬間。止まない雨の音を傘の中で聞く時。
そんな時少しだけ寂しくなって、誰かにそばにいて欲しいと思う。
「一緒に帰るっていいね」
手をつないで歩きながら、ちょっと上を見上げて吉武に言う。
吉武はうなずいて「そうだね」と笑った。
「かやちゃーん!」
保育園に着くと、いつものように凌空が私に飛びついてきた。じゃれつくワンコみたいで、この瞬間の弟が一日のうちで一番かわいい。
先生に挨拶をしたあと、凌空の手を引き、待っている吉武のところへ行く。
「今日は友達と一緒に来たんだよ」
凌空は吉武の顔をじろじろと見上げて、なんでもわかっているような口調で言った。
「お兄ちゃん、かやちゃんの彼氏でしょ?」
「えっ」
あわてたのは私だ。なんてことを言うのだ、この五歳児は。だけど吉武は、にこにこ笑って凌空に答える。
「うん。そうだよ」
「じゃあもう、かやちゃんとちゅーしたの?」
「り、凌空っ!」
さっきの出来事がよみがえり、思わず声を上げてしまった私を凌空が見る。
「だってすきなひとにはちゅーしたくなるでしょ? りっくんはもうあおい先生とちゅーしたよ?」
ただただ顔を熱くしている私の前で、吉武はおかしそうに笑っている。
「そっかぁ、りっくんはあおい先生が好きなのかぁ」
吉武の声に凌空がうなずく。
「うん! お兄ちゃんはかやちゃんが好き?」
「好きだよ。俺、佳耶ちゃんのこと」
恥ずかしくて、でも嬉しくて、吉武の顔をまともに見られない。
「だけど佳耶ちゃんはどうかなぁ……俺のこと、好きかなぁ?」
「ねぇ、かやちゃんは? かやちゃんもお兄ちゃんのこと好き?」
凌空にぐいぐいと手を引っ張られる。
ああ、もう……凌空に吉武を会わせるんじゃなかった。
「す、好きだよ! 私も……吉武のこと!」
やけになって言ってしまった。だけど言ったらすっきりして、言葉にするのも悪くない気がした。
そんな私の隣で、凌空が吉武に向かって言う。
「よかったね。お兄ちゃん」
「うん。よかった」
ゆっくりと顔を上げたら、私の大好きな吉武の笑顔が見えた。
凌空を真ん中にし、三人で手をつないで、夜の道を歩く。
空には月が浮かんでいた。まんまるではない、私たちみたいにちょっとだけ欠けた月。
だけどもう大丈夫。こうやって一緒に歩いてくれる人が、私にはいるから。
「みんなで帰るの楽しいね」
凌空の声に、私と吉武は顔を見合わせて、そして月明かりの下で笑う。
今度は三人で、いや、吉武の妹さんも一緒に四人で、雨上がりの虹が見れたらいいな――そんなことを思いながら。