セクハラとかされたことありますか?
「死神って好きな食べ物ってありますか?」
「カレーライスが好きだよ」
「あら可愛い」
「では、整理券を受け取ったら呼ばれるまであちらの控え室に座ってるように〜」
カウンターで間の抜けた声で対応したスーツ姿の綺麗なお姉さんから整理券番号119と書かれてる紙を手にして私は控え室に向かった。
「救急車が来そう」
と私は呟いた。
最も既に死んでるので手遅れなのだが。
「うわぁ」
控え室の中は混んでいて、見渡す限り色んな人がいた。
正確には人じゃない。
オーク、エルフ、ドワーフなどなど。私が分かるのはそれくらいだったが、人間以外の多種多様な種族がいる。
「空想上の生き物じゃなかったのか」
私はひしめき合う色んな生物を見て驚嘆した。
控え室は雑踏にまみれ「昼頃からルークが返ってくるらしい」「あ?あいつ左遷されてナーバスに行ってなかったっけ?」「上官に報告しなきゃならん事があるらしいから一時的に帰ってきたようだ」「へー、じゃあ報告が終わったらあいつの所に行こうぜ」「ああ」等々、聞き慣れない会話に頭がクラクラしてきた。
「おい」
と、私の近くにいた髭を沢山たくわえたドワーフが話しかけてきた。
「嬢ちゃん見ない顔だな、種族はなんだ?」
うわ、嬢ちゃんなんて生まれて初めて言われた。
「えーっと、人間です」
特に隠すこともないので正直に答えた。
それを聞くとドワーフさんは笑顔になった。
「おお、ニンゲンか。久しぶりだなここに来るのは。こんな地獄に何のようだ?」
そう、私は地獄に来ている。
と言っても地獄に落ちるために来たわけじゃない。
あの子が呼んだのだ。
「せっかく死んだなら僕のところで働く?」
死んだ私に向かって、そう言ってきた。
正直そんな軽いノリで言われても困った。
だが、死人の身としてはこのまま地獄や天国に行くのは嫌だった。
死の後に何も無いなら良かったのに。
私はそう言うと、結構な人がそう言うよ、とあの子は言った。
曰く天国と地獄は不人気でどっちにも行きたくないという人が年々増えてきているらしい。
なのでそういう人達を収容するのに役所の人達の下で働かせるのが一番手っ取り早いらしく、結構な頻度で勧誘するらしい。
まるで大学の部活勧誘だ、とあの子は笑った。
私は彼の笑いの沸点が分からなかったが笑顔が可愛かったので愛想笑いをした。
そんなこんなで彼は必要な書類を取りに行くため地獄の役所に私を向かわせた。
そして現在に戻る。
「いや、待ち合わせしてる人(?)がいまして」
「なるほどねぇ。俺はここの役所で働いていてな。ルシフェルに用があってここに来てる。だがあのくそナルシストめ、人を呼んでおいて散々待たせやがるんだ」
「ルシフェルって........」
あのルシフェルか......。
「嬢ちゃんは誰を待ってるんだ?ここの役所は上司は一人を除いて全員馬鹿だが部下が優秀なもんだからなんとか成り立ってる」
もちろん俺もな、と私に笑いかけてくれる。
まるで日本の企業だと思った。
苦しむのはいつだって下請けだ。
「いや、私もよくわからなくて」
「あ?分からないことねーじゃねーか?」
ドワーフさんは髭を触りながら訝しげな顔をした。
「いや、あの人が名前を言ってくれなくて」
「なんか見た目で分からんのか?」
「見た目.........あ、鎌みたいなの持ってました」
「鎌!!おお、死神じゃないか!!」
「え?」
「え、じゃねーよ!その人だよ唯一ここの上司で優秀なのは!」
「そうなんですか?」
「そうなんですかも何も、あの人がいたから上司のパワハラも無い。セクハラも無い。残業も無い。あの人がいなかったらこんな所とっくに辞めてたよ」
「あの子がそんな凄かったんですか」
というか、内心はほんとに日本のブラック企業に似ていることに驚いてるが。
「あの人を見た目で判断しちゃいけねーぞ」
「そのようですね」
人は見かけによらず。
それはどんな種族にも言えることか。
「整理券番号119の方〜」
あの間の抜けた声でアナウンスが入った。
「時間になりましたのでカウンターまでお越しください〜」
「では、私はこれで」
「おう、またな」
そう言って控え室から出ようとして「ちょっと待て」と後ろからドワーフさんの声がした。
「俺はミノガウクスって名前だ。みんなからミノさんって呼ばれてる。またあった時遠慮なく声を掛けてくれ!」
「ありがとうございます」
私はお辞儀をして控え室から出た。
カウンターの席に座り間の抜けた声のお姉さんから「あら〜可愛らしいですね〜」とお世辞なのかそうじゃないのか分からないことを言われた。
辺りを見ると混んでいて本当に市役所みたいだと思った。
「ではここから右の通路の突き当たりの部屋に行ってください。そこで上司は待ってますよ〜」
「えっと、セクハラとかされたことないんですか?」
「上司にはされたことないですよ〜ルシさんにはされましたが〜」
ニコニコと笑顔で話してくれた。
本当に申し訳ない気分になった。
お礼を言って言われたとおりに進む。
するとどこにでもありそうな普通の扉があった。
私は一応ノックをして入った。
「失礼します」
「しばらくぶりで」
「うわっ!?」
扉の目の前に彼はいた。
「そこまで驚かなくても」
「普通驚くよ!」
「まあ、驚くよね」
そう言って彼は笑った。
よく笑う。
「まあ、座って。ごめんねあんな騒がしいところで待たせちゃって」
「それは大丈夫だったよ。ミノさんっていう良い人いたし」
「ミノさんにあったんだ?彼は親切だからね。不安げにしてた君を見かけたんじゃないかな」
「そんなところかもね」
「まあ、本題にはいろう」
そう言って彼は社長室にあるようなでかい机の上に座った。
...........なぜそこに座る?
「さて、まずは君がこれからやってもらう仕事なんだけどね」
「えっ」
もうその段階?
「ん?いや、うちは研修期間なんてないから。そんな無駄な時間はお互いに不利益だ」
「いや、でも私つい先日まで引きこもりのメンヘラでしたよ?そんな人間が急に仕事なんて出来ると思う?」
「人間の中身は全員同じだよ。経験の差によって水準は変わってくけどね。それに君たちがいつも言ってることじゃないか。」
人類皆平等、ってね。
「私は1度も思ったことないけどね」
「まあとにかくうちはそういう事だから。但し流石に初めからキツい事はさせないよ」
「例えば?」
「罪人の処刑係とか」
「私ができると思う!?」
「うん、無理だろうね。だから君がまずやる事は1つ。それは」
「それは?」
「転勤だ」
「え?」
「一回また現代に戻る」
「え、いや、あのなんで?」
「それは後で説明するよ。大丈夫、僕もついてくから」
「不安しかない.....!少なくともここの職場環境を聞く限り不安しか残らない.....」
「心外だなぁ。大体トラブルはあの女たらしのクソバカ堕天使のせいだからここは大分ホワイトだよ?」
「ルシフェルさんどんだけなの......」
「ま、君も望んでここに来たわけだからね。拒否する理由もないでしょ?」
「まあ...........そうなんだけどね」
天国や地獄に行きたくないなら、またなにかしたい。
せめて、なにか一つでもやり遂げたい。
私はそう思ったのだ。
「じゃあ早速向かおう。目を瞑って」
「?」
言われたとおり目を瞑った。
「はい開けて」
目を開けた。
「.................................................................................」
目の前には交差点。
下はコンクリート。
空は青。
完全にそこは日本だった。
「まあ、じゃあ向かいますか」
いつの間にか隣に死神はいた。
「ねえ」
私は聞いた。
「なに?」
死神は、可愛らしく小首をかしげて私を見つめた。
「その服装、どこでも同じなんだね」
「楽だからね」
彼は普通に答えた。
「ところで、どこに向かってるの?」
横に歩いてる死神に私は話しかけた。
「これから君の仕事場を儲けるために借家を借りに行くんだよ。だから不動屋さんだね」
「............私本当にこれから何をするんだろう」
「まあ、家に着いてからのお楽しみ」
しばらくして不動屋さんの看板が見えた。
遠くからだと分からないが店の前には人が立っているのが分かる。
「ん?」
なんか見た事あるシルエットだぞ。
「ねえ、なんか見たことあるんだけど」
「.............」
死神は笑って答えなかった。
どんどん姿がわかってくる。
スーツ姿で笑顔のお姉さん。
「こんにちは~」
間の抜けた声は健在だった。
「私は窓口の仕事もしているんですが兼任でここの不動産も任されてるんですよ〜」
素敵なお姉さんはそう言って笑っている。ここの職場の人は笑顔の人が多いな。
「サチさん。どんな感じ?」
死神はお姉さんをサチと呼んだ。
サチさんか。
私とは正反対の名前だ。
「ええ、もう準備は出来てますよ〜。後は借家に向かうだけです」
「ご苦労様です」
「いえいえ〜仕事ですから〜」
サチさんは長い髪の毛をいじりながら言った。
「では、向かいましょうか〜」
「え、近いんですか?」
「ていうか後ろにあります〜」
確かに後ろの窓から見ると家があるのが分かる。
「ではでは行きましょう〜」
サチさんを先頭にして私達は借家に向かったのだった。
「ここです〜」
「意外に大きいな」
確かにでかい。少なくとも普通の一軒家よりは大きい。
「はい〜」
そう言って私に鍵を渡した。
「?」
「貴方が住むところです〜」
なるほど。
私は鍵を貰って玄関の鍵を開けた。
「これで、私達の同僚ですね〜」
後ろから嬉しそうな声が聞こえる。
「久しぶりだな職員が増えるの」
「そうですね〜ザウちゃん以来ですね〜」
声に刺がなかった。
私を迎えてくれてる声だった。
私は少し泣きそうになり、堪えて扉を開けた。
そこから私の未来は広がる。
一度閉じた私の物語が始まる。
「宜しくお願いします」
私は2人に聴こえないようにそう告げた。
次の人生は少しはマシなように。
そんな事も考えながら。
頑張って続けれるようにしたいです。