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第九話 初夏の思い出 その1

「ロン! チートイドラドラ、満貫!」


「かーっ! また当たったー!」


 東家の田原がしぶい表情をし、八千点の点棒を俺に放り投げる。いわゆるジハイデタ・ソレローンってヤツだ。


 彼の掌に付いた水滴が点棒にまとわり付いており、やけにねちゃねちゃする。


 そういう俺の掌もべとべとだが。


「危ないですよ、また風に飛ばされたらどうするんですか!」


 南家の松本が田原以上に顔を歪め、抗議する。


 確かに先程から時折強い風が湖岸から吹きつけ、緑のマットを捲り上げようとする。


 この麻雀セットの持ち主の彼としては、文句の一つも言いたくなるだろう。


「だって、外で打とうって言ったのは、松もっちゃんでしょ?」


 西家の白衣の男が、タバコを咥えながら、牌の上に灰を落とす。


 ガン牌でもする気か、この人?


「僕の牌を灰皿代わりにしないで下さい、後藤先輩!」


 松本が、眉を吊り上げながら、白衣の角刈り頭の男……後藤先輩にも声を荒げる。


 後藤先輩は、3年前に雲大を卒業し、雲大附属病院の消化器外科の医局に入局した陸上部のOBだ。


 実は俺の高校時代の先輩でもあり、そのため俺のところにしょっちゅう遊びに来るうちに、ボトムズ連中ともつるむようになったのだ。


「おお、すまん。なんせ研究室は全面禁煙でなぁ。


 ほんにあの教授はうるさくてのぉ」


 あまり言い訳にもなっていない言い訳をしながら、彼は眠そうな垂れ目をしょぼつかせ、牌をかき混ぜ始めた。


 後藤先輩は3年前の入局と同時に、ウイルス学の大学院生となり、現在ウイルス学教室で実験をしながら、医局のバイトをしているという。


 本人曰く、「一刻も早く、院を卒業し、博士号を取って箔をつけたい」とのことだそうだが、俺のように人生鈍行列車の人間には、新幹線並みの彼の生き方は理解できない。


 忙しいという割りに、医者となった今も、実験を抜け出して、こうやって俺たちに付き合うこともあるのだが。


 春風そよぐ5月の爽やかな午後、俺たち4人は、大学のすぐ側にある湖、因幡湖のほとりで麻雀をしていた。


 何故そんなことになったのかというと、後藤先輩以外の俺たちがずぶ濡れで、湖の方から時折勢い良く「オーエス、オーエス!」という掛け声が聞こえてくる、という状況が全てを物語っていると言えるだろう。


 そう、今日は学内対抗レガッタの日であり、俺たちはそれぞれ所属する部活の一員として出場したのだが、何故か全員そろいもそろって沈没し、予選落ちとなったため、仕方なく、こうやって余った時間を過ごしているのだった。


 ちなみに内藤は最初からサボりである。


「しっかし錦織、最近やたらついてるな。


 何かいいことあったのか?」


 田原が納得できぬという表情で、俺に問いただす。


 まったくねちっこい奴だ。


「そりゃ、今年はようやく進級できたもんねー。


 今日はお前から金をせしめて新作エロゲーでも買いに」


「あっ、錦織せんぱーい、こんなとこで何やってるんですかー?」


「がふっ!」


 いきなり元気いっぱいかつ涼しげな歌声のような爽やかボイスに名前を呼ばれ、俺は噴出しそうになった。


 向こうから、今日の空のように青いジャージに身を包んだ雪嵐聡子が駆け寄ってくる。


 不謹慎な会話を聞かれていないかどうか、俺は胸の動悸が高まり、パニック発作でも起すかと思った。


「い、いや、これは、子供にはまだ早い遊びだよ、雪嵐くん」


「えーっ、あたし、子供じゃないですよー。


 こう見えても今年で成人なんですからー」


「……とてもそうは見えませんな、お嬢さん」


 松本がぼそっと囁く。


 確かに彼の言うとおり、雪嵐は誠に可愛らしいのだが、まだ大人の女性と呼ぶには幼さがかすかに残り、胸は残念なことに年齢相応以下、というかささやかな様子がジャージ越しにも察せられ、まぁ、簡単に言うと高校生より上には到底見えなかった。


「ひっどーい、まだまだ成長盛りなんですよ! 


 それより、それってドンジャラってやつでしょ? 


 うちのお兄ちゃんが美少女アニメのを持ってましたよ。


 一人で大事そうに眺めているだけで、あたしには触らせてくれませんでしたけどー」


「……君のお兄さんとは話が通じそうだ」


 俺も思わずぼそっと呟いてしまった。


「えーっ、先輩ったら、ちょっと気が早いですよー」


 思い切り背中をはたかれ、俺はつんのめって雀卓をひっくり返しそうになってしまった。


 慌てて残りの3人が卓を抑える。


「それにしても、さっきの試合は残念でしたねー、開始早々、岸にぶつかって座礁しちゃうなんてー。


 それじゃあたし、女子の部が始まるんでそろそろ行って来ますね。


 応援して下さいねー!」


 言いたいことだけ言うと、彼女は名前通り嵐のように去っていった。


 残された男どもは呆然と見送るのみだった。


「なるほど、お前の調子の良さは、あれが原因か……」


 田原の瞳が、真夜中の猫のように怪しく輝く。


「巨乳モノのエロゲーばかりやっているから、てっきりそっち好みだと思っていたんですが、意外でしたねぇ……見せ付けやがって」


 松本のアホも、まるで裏切り者でも見るような冷たい視線を俺に浴びせる。


「錦織、女には気をつけろよ。ああいう天然系は、裏では何を考えているか分からんぞ。


 女はフリーザ様のように4段階変身するというしな。


 まず一回目は付き合った直後で……」


 後藤先輩も、何やら妙な持論を展開し出す。


「だーっ! 


 あれは単なる部活の後輩で、彼女でも何でもねーよ! 


 勘違いすんな! 


 大体俺みてーな留年野郎に彼女なんか出来るわけねーだろ!」


 俺は牌をガシガシかき混ぜながら、吼えまくる。


 こいつらに弱みを握られると、後が怖い。


 それにある事ないこと相手に吹き込まれるかもしれないし、ここは一つ全否定しておくに限る。


 実際まだ何でもないんだし。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「 」中の改行によってどこからとこまでが一つの発言であるのか把握しづらい印象を受けております。
2021/05/22 18:23 退会済み
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