表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/80

第七十九話 九泉の泉

「ここか……」


 来た時の数倍の苦労を経て、俺はようやくあの巨大な円筒の吹き抜けの真下に辿り付いた。


 この場所を通ったのはつい数時間前だったと思うが、同時に、あれから何日も経っているような気もした。


 下から見上げると、二つの螺旋が蛇のように絡み合いながら、天を摩するかのように聳え立ち、虚空へと消えてゆく。


 再び回転性眩暈が生じそうになったため、俺は慌てて視線を床に向けた。


 青々と光り輝く奇妙な泉が、円形の姿を床と同じ高さに横たえている。


 あの職員が言うところの、九泉の泉なのだろう。


 地獄に疎い俺にはよく分からないが、あまり近寄らない方がよいとは思われた。


 例え尿意があったとしても、決してここではしないだろう。変な病気になりそうだ。


 そしてホールを突っ切ると、目指す反対側の螺旋階段を一気に目指す。


 どう見てもここが脱出口だ。


 あれだけ固く禁止すると言うことは、「行け」と言っているようなもんだ。


 このダチョウ倶楽部理論に則り、俺は元陸上部の意地を張って、十何年ぶりかに全力疾走した。


 意外と誰も邪魔せず、すんなり階段の上り口に辿りつく。


 だが、俺が一段目に足を掛けるな否や、右手に持った紙が一瞬眩い輝きを放ち、それと同時にホール中にジャーンジャーンという、何かの打楽器の音が鳴り響いた。


 ていうかどう聞いても銅鑼の音だ。


 ここは古代中国の戦場ですか?


「えーい、ままよ!」


 宮崎アニメの主人公の如く、そのまま一目散に階段を駆け上がる。


 どこまでもどこまでも流れすぎる手摺の向こうに、光り輝く泉が見下ろせ、次第に小さくなっていく。


 だが、階段に沿って大空洞を何周目かしたとき、なんと泉の中から、先程の髭の老職員と、顔の長い赤毛の付き人が忽然と出現し、さすがに驚いて、俺は一瞬歩を止めた。


「愚かな男よ、この冥界の試験監督から、逃れられると思うてか!」


 髭の老人は、大音声で呼ばわると、手にした杖を放り投げた。


 たちまち杖は、龍が纏わりつく、長刀に似た、幅広の長大な剣へと姿を変え、今や老人ではなく、古代中国の甲冑を纏った、大柄な髭の男の手に、あつらえた様にぴたりと収まる。


 その男の顔面は朱を塗りたくったように真っ赤で、見事な隈取が施され、京劇の役者のようだった。


 赤毛の男はどうなったかと視線を移すと、最早そこには人間の姿は欠片もなく、隣の男と同じ赤い肌を持つ、いわゆる一頭の汗血馬がいななき、蹄を打ち鳴らしていた。


 たとえ「三国志」に精通していないものでも知っている、天下一の名将・関羽雲長と、一日に千里を行く伝説の名馬・赤兎馬の黄金コンビだ。


「なっ……!」


 愕然とする俺を尻目に、さっそうと愛馬に跨った神将は、なんとそのままガンガンと階段を駆け上がってくる。


 蹄が段を打ち付けるたびに、薄暗がりに火花が散り、地獄に赤い花が咲いたような幽玄の美を匂わせる。


 俺は昔、死にたくなったときに何度も声に出して音読した、「トミノの地獄」を思い出した。死ななかったけど。


「くっ、こんなところで捕まるわけには行かないんだ! 俺には……大事な人がいる!」


 そう、さっきから思い出そうとして、喉に刺さった魚の骨のように取り出せないが、命よりも大事な人が、現在俺には確かにいたはずだ。


 そのためにも、神であろうと悪魔であろうと、邪魔するものは悉く退けるしか術はない! 


 まさに、自分の道を自分で切り開く時!


 俺は迫り来る馬の蹄の音も気にせず、再び階段に向かった。


 目的地である、階段の終点の扉までは、後少しだ。


 心臓は先程から息をするのも忘れるほど痛くて、顎が上がりっぱなしだが、休むわけにはいかない。


「なあに、赤兎馬だろうが魔王だろうが、しょせんどちらも芋焼酎じゃねぇか!」


 よく分からん威勢を張りながら、よろめくように一段一段を踏みしめる。


 もう走ることは出来なかったが、たとえ神馬であろうとも、ここまで来れば、追いつかれる心配はない。


 俺は余裕を持って最後の踊り場を踏みしめると、ドアノブに手を触れた。


「……開かない」


 なるべく考えないようにしていたが、半ば予想していたことではあった。


 溶接されたかのように、ドアは1ミリも動かない。


 人馬一体となった敵は刻一刻と迫っている。


 万事休すか……。


「考えろ、考えろ、考えろ……」


 俺は、恐怖に耐えつつ、脳汁がこぼれ出そうなほど、頭を捻った。

次回最終回です!乞うご期待!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ