第七十六話 死者の書
「へぇー、そんな凄いバトルがあったの、やるわねー、先輩」
「いやぁ、俺もあそこまで白熱するとは思わなかったけどね。
緊張のあまり、軽く三回は死ぬかと思ったよ」
俺と聡子は、人けのない図書館の片隅で、声を潜めてささやき合っていた。
いくら人が少ないと言っても、追試の勉強を早くも始めている同級生や、国家試験勉強をしている6年生などがちらほらと見受けられ、ぴりぴりとした、張り詰めた空気が感じられる。
俺も、普段は訪れたくもない場所なのだが、大事な要件があったので、夜見との面会の直後、ここで聡子と待ち合わせることにしたのだった。
我が相棒たる女剣士は、今日は冬物の白いアノラックパーカーに白いパンツという出で立ちで、保護色になり過ぎて道で車にひかれないかといらぬ心配をしてしまいそうなほどだ。
対する俺は黒ずくめなため、なんとも対照的なカップルだと、人は思うことだろう。
俺は、先ほどのカバンから、例の同人誌を取り出すと、受付のカウンターへ持っていく。
退屈そうにニンジャスレイヤーを読んでいた司書のお姉さんは、
「あ、錦織さんですね。ご遺族の方からお話は伺っています」
と営業スマイルを浮かべ、俺から血と涙と汗の結晶たる冊子を受け取ると、
「では、こちらで手続きをした後、田原様よりの寄贈図書のコーナーに置かせていただきます」と丁寧に答えた。
大学図書館には、「死者の書」と陰で呼ばれるコーナーがある。
在学中の学生が若くして亡くなった場合、残された親は、子供の残した蔵書を大学に寄付したがるものらしい。
それらの本が、寄贈者ごとに分別されて図書館の一角を占めていた。
遺族からすれば、本人の大切にしていた遺品を是非とも他の学生に役立ててほしい、ということなのだろうが、個人的には今まであまり見たくもなかった。
若くして亡くなる学生の死因は、つまり大半が自殺であり、ある意味「自殺者コーナー」といっても過言ではなかった。
もちろんウイルス学の犠牲者も多々おり、彼らの無念や怨念の木霊する区画であり、明日は我が身の自分が、そんな呪われた場所に近付きたいわけもなかった。
だが、田原のコーナーが開設されてしまうと、ついつい行きたくなってしまうのも人情というものだ。
そして、田原の残した原稿も、いっそ図書館に寄付するべきかと思い立ち、田原の母親に連絡を取ったところ、是非にとのことで、今日献本に馳せ参じた、という次第だ。
「お前のおかげで戦い切ったよ、リーダー」
と、俺は、こっそりと田原コーナーに話しかける。
さすがにエロ本の類は寄贈されておらず、真面目な新書などが多かったが、ふと、俺が亡くなったら、エロ本しか家にないから、えらいことになるだろうな、と想像し、鳥肌が立った。
「先輩は、変なものしか持ってないから、下手に死ぬわけにいかないねー」
と、聡子が俺の心を見透かしたかのような発言をする。
「そうだね、とりあえず、明日の試験の発表を見て考えるよ」
俺は軽口を叩きながら、聡子の肩に手をかけた。
「先輩は、絶対自殺なんかしないわよー、だって明日は木曜日じゃない?」
「おっ、そうか」
そうだった。今日は水曜日だからサンデーとマガジンを買ったが、明日はヤングジャンプとモーニングを買わなければならない。
木曜日は忙しいのだ。




