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第七十三話 真実

「それにしてはご家族思いじゃないですか、先生。


 俺のボケナスな先輩に、あの黄な粉餅のようにセンダイウイルスに全身を塗されたマウスを、早百合ちゃん愛用の動物実験室に忍び込ませたりしたのは、731部隊もかくやと言う動物実験を止めさせ、人の道に戻すためだったんでしょう、元奥様を?」


 俺の切った次のカードを受けて、教授のこち亀の両さん並に立派な眉が、再び痙攣する。


 ポーカーフェイスが思ったより苦手ですね、教授。


「先生は、蛇池教授が娘さんのために言語道断かつ犬畜生にも劣る残虐極まりない犯罪を犯していたことに気付いていたんじゃないですか?


 それで実験を中止させるべく、自分の手足となる下僕を使って、マウスを皆殺しにさせたんでしょう。違いますか?」


「……」


 一息に捲くし立てる俺に対し、教授は沈黙したままだった。


 だが、枯れ木のような手の甲には、うっすらと汗が滲んでいる。


 外はしんしんと雪が降り積もり、室内だってそれほど暖かいわけではないというのに。


 俺は自分の考えが間違っていなかったと確信を持った。


 最初こそ、あの夜の出来事は、教室合併を阻止する夜見のテロ行為だと信じ込んでいた。


 しかし、蛇池教授たちの死後、冷静になって考えていると、これこそが一番真っ当な解釈に見えてきた。


 物事は見方を変えるとオセロのように、白黒が一気に逆転する。


「……私が井岡と親交があるのは知っているな?」


 酒に焼けた赤ら顔が突如脳内に湧き上がる。


 同じ四天王仲間の法医学の教授だ。


 確かに田原の葬式で親しげに会話していたっけ。


「彼と親交があると言うことは、この県及び周辺の不審死体について詳しいのと同じことだ。


 彼は最近、この地方で若い女性の白骨死体が増えていることを、疑問に思っていた」


 成る程、法医学教授ともなれば、警察や、他県の教授からも情報が入るわけだ。


「私は、元妻の研究内容にはそれなりに関心を抱いていた。


 そもそも臨床に進むと言っていた彼女が、娘の事故以来、何故私にも話さず、金にもならん寄生虫学なんぞに進んだのか、謎だった。


 この山陰には、彼女の母親の出生地である以外にも、米子裂頭条虫という、この地方の都市の名を冠する寄生虫が生息している」


「そうですね」


 俺もその虫のことは授業で聞いていた。


「私の師匠筋に当たる人が発見し、生息地である米子市の名を付けたんだが、当時の住民からは、『なんでそんな汚い虫に、由緒あるこの土地の名前を付けるんだ』とか抗議を受けたと言って、『あいつらどれだけ有難いことか、何もわかっとらん!』と怒っていたよ。


 鬼太郎ロードみたいなもんで、最初は猛反発されるも、後から受け入れられるってーのは、この陰鬱な地域の特性かねぇ」


 と、在りし日の蛇池教授が講談師のようにのたまっていたので、良く覚えている。


「今思えば、その虫のことを知って、ここで研究しようと決意したのかもしれん。


 あれはマンソン裂頭条虫と同じ裂頭条虫科だからな。


 私も寄生虫のことを調べ、元妻の動向に密かに注意していた。


 最近娘の成長速度が増してきたことや、元妻の怪しげなペンダントのことも気になっていた。


 そして、白骨死体と化した女性たちや失踪者に、謎の美容サイトの利用者が多いことも、警察から法医学に漏れ出す情報を通じて知っていた。


 警察は、結局両者の関連性はないと結論付け、早々にその方面の捜査を打ち切ったようだが、私は看過できぬ何かを感じ取り、独自に調査を進め、探偵や昔の知人などあらゆる伝を辿り、ついにサイトの運営者が明星である事を特定し、真相にたどり着いた。


 それがあの前日のことだ」


 そこまで一気に話すと、教授は疲れたように、息を吐いた。


 室内なのに白く見えたのは、むしろ熱気のためだろうか?


「な、何故そこまで俺に詳しく話してくれるんですか?」


 俺は予想以上の流れに戸惑いながらも、声を振り絞って尋ねた。


 ここまで饒舌になるとは正直思わなかった。


 いや、こんなこと普通に考えたら人に話せるわけが無い。


 この孤独な男やもめには、内なる秘密を語り合う相手など、いなかったのだろう。


「ひとつには、お前の友達を侮辱したことへの謝罪だ。


 確かにあの場で発言したことは、私も悪かったと思っている。


 だからといってお前のしでかした行為は許すことは出来んがな。


 そしてもうひとつには、お前が私の娘の友達だったからだ。


 あの子は面会のたびに、お前の噂話を楽しそうにしてくれたよ。


 変なエログッズに埋もれて生活したり、海水浴場でちんぴらにからまれたり、怪しげな同人即売会に行ってあまつさえ販売までするなど、とても医学生とは思えないけれど、興味深い男だってな。


 人間嫌いのあの娘が他人に興味を持つことなど、今まで無かったことだ。


 だから、これは私なりの感謝の表れだ。


 お前はどうやら真相を知り尽くしているようだし、私には娘の魂のためにも全てを知る義務がある。


 だから、私が腹を割って真実を話したように、お前にも真相を教えて欲しい。


 知っているのだろう? 私の元妻と、娘が、何故、どうやって死んだのかを」


「……」


 今度は俺が無言になる番だった。


 窓の外は相変わらずの雪景色で、まるで世界の果てのように純白だけが支配している。


 俺は、教授の複雑極まる胸のうちを知り、なんともいえない感情で胸が締め付けられた。


 いくら憎んでも余りあるほど恨み骨髄に徹する閻魔大王もかくやというこの人非人の独裁者だが、彼も間違いなく人の心を持っている事が痛いほど理解出来た。


 そして、彼こそ真相を知る権利がある。


「……分かりました、全てをお話しましょう。損得勘定関係なく」


 そして俺は、馬鹿でエロでどうしようもないが、奇怪極まる物語を語り始めた。

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