第六十六話 おっぱい
「そう、私がこの薬……いや、寄生虫の入った脂肪玉をネットで販売した張本人さ。
もっともほとんどの作業は、そこの明星がやってくれたがな」
教授はいつも通りの口調で、何一つ変わったところは無かった。
タバコをくわえながら、ふらりと世間話でもしに立ち寄ったといった風情だ。
「……」
俺たち一同は押し黙った。皆、教授の顔を真剣に見つめている。
「錦織、以前南アフリカの話をしただろ。
あそこにはアフリカオニネズミっていう50センチ近くもある巨大ネズミがわんさかいてな、幼児や老人が寝ているうちに噛み殺されるっていう事件が後を絶たないらしいぞ。
更にこのネズミは結構賢くてな、アフリカじゃ、地雷の臭いを嗅ぎ分ける、地雷撤去用に使われるものまでいるんだと」
「……」
俺は何も答えなかった。
ただ、教授の話がどこに行こうとしているのかは、なんとなく予想できた。
「前も言ったが、あの辺りは鳥獣葬する部族もいるくらいで、つまりは、動物が人間を食べる逆転現象が珍しくないわけよ。
さて、そんな世界では、食物連鎖に従う寄生虫はどうなると思う?」
「……」
俺は、この時何故か、魔法の薬を飲まされて、豚の姿に変えられて殺され食べられた、デルモベート男爵のことを考えていた。
「私はさーちゃんの病気が判明して以来、如何にして医学的に治療できるのか、あらゆる手段を調べ上げた。
あの寄生虫もその成果の一つにすぎん。
南アフリカで発見したマンソン裂頭条虫をベースに改良したもので、マウスに寄生させると成長ホルモン様物質を産生し、成長を促進し巨大化させるとともに、知能レベルまで上昇させ、通常のマウスより遙かに賢い生物へと進化させた。
しかしこの寄生虫には一つの大きな欠点があった。
人間の体内でしかプレロセルコイドへと変化しないのだ。
つまり人間を第二中間宿主、マウスを終宿主とするということだ。
ちなみに第一中間宿主虫はカエルで、あのカプセル内の脂肪玉はカエルのものさ。
この寄生虫-ネオ・マンソン裂頭条虫と仮に名付けたが、こいつは体内深く入り込み、容易に取り出すことが出来ん。
そのため人体実験が必要となった」
蛇池教授は何を思ったか白衣の前を一気に広げた。
何と下は下着だけで、黒いブラジャーとパンティが俺の目に飛び込んできた。
「な、何をされるんですか!?」
一瞬俺は我を忘れて敬語で叫んでいた。
女性陣も目を丸くしている。
一人明星のみは、固く目を閉じていた。
「これがその証だよ!」
教授がブラジャーを手早く外すと、輝くような二つの双丘が顕現した。
彼女は右側のそれをむんずと掴むと文字通りもぎ取った。
「うわーっ!」
まるでレゴブロックのように蛇池教授の体幹部から乳房が外れると、その跡には肉芽の盛り上がった醜い瘢痕組織が現れた。
これにはいくらおっぱい星人の俺でも思わず顔を背けた。
「実験用マウスが最初に喰らった女体は、この私だったんだよ。
私はずっとこの寄生虫を研究しており、自分を被験者としたのさ」
彼女は義乳を身体に押し当てると、ブラジャーで上から固定した。
乳房と体幹部の継ぎ目はまったく分からず、義乳は何事もなかったかのようにあるべき部位に収まった。
「よく出来てるだろ、知り合いの義肢装具士に造ってもらったんだ。
最近は見かけ重視だそうで、感触はちと固いけれど外見は本物そっくりだぞ。
色合いを調節するのが大変だそうでな」
俺は驚きの連続で声を失っていた。
だが、心の奥底では、やはりそうだったのかという思いが存在していたことも否定できない。
そう、俺が、蛇池教授や明星が一連の失踪事件の犯人だと感付いた根拠には、先程のペンダントや、寄生虫やネズミの利用以外にも、今日の夕方教授の胸元に触れたときの、石の様な感触も含まれていたのだ。
あの極楽の花園のようなおっぱい様が本物でないということは、つまり、既に……。
「ネオ・マンソン裂頭条虫は、プレロセルコイド状態で未成年者に寄生した場合は、マウスのときと同様に成長ホルモン様物質を産生するが、成人女性の体内にいるときには、女性ホルモン様物質を産生し、体つきを女性らしくする。
また血中の脂肪を上昇させ、自分の寄生部位に脂肪をよりよく配分させるようだ。
これも自分の食糧たる脂肪を効率よく手に入れるためだろう。
この思いがけない副産物を手に入れて、私は思った。
こいつは使えるぞ、と」
教授は下着の上から再び白衣を纏った。
何事も無かったかのように。