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第六話 留年説明会 その2

「ついに出た、ジャイケ・リサイタル!」


「今年は、一体何を歌うんだ?」


 今まで廃人そのものだった留年生どもが、急にざわめき出す。


 そう、これぞ雲州大学裏名物・ジャイケ・リサイタルだ。


 俺も最初に留年した四年前の今日、目の前で唐突に聞かされて、思わず留年のショックも(一時的にせよ)事象の地平線の彼方まで吹っ飛んでしまった。


 確か、あの時の歌は、「アン○ンマンのマーチ」だったか……。


「あー、テステス」


 マイクテストの後、彼女は素晴らしく野太い、女性とは思えぬだみ声を、喉の奥から発声し出した。


 もちろんアカペラである。これは一体……前奏か?


 なんと彼女は、恐れ多くも先の副将軍かつちりめん問屋のご隠居様のテーマソングを熱唱しだした。


 酷い、あまりにも音痴だ。


 俺も、三回目でなければ、てっきりマイクの故障だと確信しただろう。


 それほど耳障りなデスメタルもかくやというデスヴォイス、いや、ノイズサウンドで、俺の片頭痛が再燃し、難聴になるかと思ったほどだった。


 だが、その某ガキ大将ばりの破壊音を聞いているうちに、なんと、回りからすすり泣きともむせび泣きとも分からぬ、嗚咽が漏れ出した。


 音楽とは、感情に訴えかける力が強いのはよく知られているが、これに、人生の真実について、あまりにも直接的に語る歌詞が合わさると、人の心を強く打つ。


 ましてや、今のように、心が潰れかけている時なら尚更だ。


 俺は改めて、その歌詞の深さに気付くと共に、巨人に踏み潰されたかのように打ちのめされた。


 特に、落ちこぼれの尻を蹴飛ばして進ませるような箇所は、ナイフよりも深く、俺の胸を抉った。


 そう、まさにこれは、留年生のための歌だったんだ。


 俺の脳裏を、次々に通り過ぎていった、元同級生や元後輩たちの顔が浮かんでくる。


 最初は敬語で話しかけてきたのに、今では掌を返したかのように、タメ口どころか上から口調に豹変した男ども。


 優しい、親しげな眼差しから、生ゴミでも見るような蔑視に変わっていった女ども。


 相手の人間性とは、自分が底辺になったとき、初めてよく分かる。


 苦いトラウマのフラッシュバックに苦しめられながらも、最後に雪嵐の憂い顔が一瞬だけ現れ、消えていった。


 彼女は四月から、同じ講義室で、どんな顔で俺のことを見るのだろう? 


 もしくは、見もしないのだろうか? 


 知らぬ間に、涙が零れ落ちそうになり、俺は慌ててティッシュを取り出し鼻を咬む真似をした。


「後、これはついでだが、最近若い女性の失踪が県内及び近くの県で増えているそうだから、女性陣は気をつけろよ。


 では、以上をもって今年度の留年説明会を終わる! 


 解散!」


 いつの間にやら蛇池教授の独唱タイムはつつがなく終了していた模様で、皆、三々五々、講義室を立ち去ろうとしていた。


 俺も先程の用紙を握り潰すと、ゆらりと立ち上がった。


 今日は寒いしコンビニでおでんでも買おう。


「おい、錦織、ちょっと待て!」


 早くも頭の中を夕飯モードにしていた俺の意識に、汚いだみ声の罵声が突然乱入してきた。


「な、何すか、教授?」


 最早失うものなど何も無い俺は、いっそ無視して立ち去ろうかとも思ったが、さすがに思い止まり、うつろな視線を白衣の胸元あたりに投げかけた。


 つややかな双丘に挟まれた、銀色の卵形をしたペンダントが、絶妙なアクセントになっている。


 相変わらずの巨乳だ。


 教授にしておくのは実にもったいない。


「お前、確か田原の友達だったよなぁ? 


 あいつ、今日来てなかったが、どうしてるか知らないか?」


「さぁ、知りません。最近会ってないんで」


「そうか……」


 教授は珍しく、浮かない顔をしている。


 俺は面倒ごとに巻き込まれそうな空気を察知し、代わりの生贄のために、ボトムズどもを探したが、あいつらはとっとと姿をくらませた後だった。


 くそ、見捨てやがったな!


「じゃぁ、ちょっと様子を見てくる意味も含めて、この留年用紙を、あいつの家まで持っていってやってくれないか?」


 そんな不幸の手紙以上の危険物を届けるのは御免こうむりたいので、俺は言い逃れを試みた。


「いえ、俺も結構忙しいので……」


「どうせ留年が決まったら、いつも寝たきり老人のように臥床しているだけなんだろう! 


 部誌に書いてあったぞ」


「うっ」


 俺は早くも言葉に詰まった。


 そう、実は彼女は陸上部の顧問であり、つまりは俺の部活の指導者でもあるのだ。


 部誌は毎年必ず寄稿しないといけない規則があり、俺は嫌々、留年の恨みつらみを吐き出している。


 あんなもの、部室の鍋敷きにしかなっていないと思ったのに……。


「なぁに、ちょっと行って、玄関先で渡してくれば、それでいい。


 居なかったら、最悪郵便受けに突っ込んで来い。


 それぐらい、やってやれよ」


「はいはい、分かりましたよ」


 腹も減って、面倒くさくなった俺は、ついに根負けして、その呪われた紙を受け取ると、後ろも振り返らず、そそくさと講義室を後にした。

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