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第五十四話 侵入 その2

「ん……誰かいるのか?」


 パトカーが過ぎ去るのをこっそり確認した後、意気揚々と引き上げ、一仕事終えてすっきりし、やりとげた男の顔をした俺は、本日も早百合師匠に指導して頂くため、午前0時の大学校舎を徘徊していた。


 寄生虫学教室のある、長い廊下に差し掛かったとき、突き当りの部屋に明かりが灯っているのが見えた。


 見まごう事なき、動物実験室である。


「早百合ちゃんだったら、絶対こんな時間に電気を付けないよなぁ?」


 以前、早朝にうっかりスイッチを押して、思い切り怒鳴られた記憶が蘇る。


 しかし、彼女以外の誰が、こんな夜更けにあの部屋を訪れるというのか? 


 たとえ明星や教授にしたって、マウスの習性は熟知しているはずだ。


 ひょっとして、泥棒さん?


 俺はいつしか足音を忍ばせ、暗い廊下をゆっくりと前進していた。


 まだ、だいぶ距離があるが、なんとなく用心すべきだと、本能が告げている。


 スネーク大佐のように、ダンボール箱でも被って移動したかったけれど、生憎そんなものは落ちていない。


 ただ、代わりにところどころスチール製の本棚やロッカーが点在しているため、その場その場で身を潜めながら、接近していった。


 人に対して嫌がらせをした直後だったので、少々用心深くなっていた。


 実験室のドアまで後数メートルを残すのみとなったとき、急に部屋の電気が消え、ドアをがちゃがちゃいう音がした。


 俺は慌てて、間近にあったロッカーの扉を開けると瞬時に潜り込み、呼吸を止めた。


 幸いロッカーの中はハンガー以外何も入っておらず、俺でも何とか全身を収めることが出来た。


 こんなことするのは、いじめっ子に追われて隠れて泣いていた中学生のとき以来である。


 変なトラウマが再生されそうになり、暗黒の空間に閉ざされた俺は、心音が速まりだしたような感覚に襲われ、吐気を覚えたが、無理に飲み込み堪えた。


 やがてドアの開く音がし、何者かが足早に前を通り過ぎていく。


 ロッカーの中から外をうかがう事は全く出来ず、歯痒かったが、ただ、急いでいた何者かの足音とは別の小さな音が、鼓膜を震わせたような気がして、俺は息を呑んだ。


 例えば何か、硬質の物が、どこかに当たったような、そんなかすかな物音だった。


 すぐにでも外に出て確認したかったが、そんな勇気もなく、足音が遠ざかり、完全に無音になるまで、俺は棺桶にも似た密室内で一人震えていた。


(畜生、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ……)


 心中で悪態をつきつつ、なんとか心を奮い立たせる。


 無賃乗車で特急の便所に2時間篭っていたときも、ここまで緊張しなかった。



 10分後、俺はそーっとロッカーの扉を開けると、ゆっくりと外に這い出した。


 辺りは人っ子一人居らず、地獄に通じる一本道のように、暗い通路がどこまでも伸びているだけだった。


 動物実験室の中も念のため覗いてみたが、マウスたちの蠢きが伝わってくるだけで、普段と何の変わりもなかった。


 そもそもこの部屋から、盗む価値のあるものがあるとも思えない。


「警備員さんが、たまたま中まで入っちゃったのかな?」


 普通なら前を通り過ぎるだけなので、あり得ない事だが、そういう可能性だってあるだろう。


 ドアが開きっぱなしなので、ちょっと確認したとか。


 約束の午前0時はとうに過ぎている。


 これ以上待たせると、女王陛下を激怒させるだろうと思われたため、俺は踵を返すと、研究室の方へと向かった。


 だが、その矢先、コツンとつま先に何かが当たる音がした。


 先程響いた硬質音と同等の音が。


「こ、これは……」


 しゃがみこみ、携帯のライトを頼りにして発見したブツを見て、俺はうめき声を上げた。


 長い髭を蓄え、青龍刀を携え、全身真っ赤に塗られた、根付にも似たその物体は、関羽人形のUSBメモリだった。

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