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第五話 留年説明会 その1

 まだまだ寒風が時折吹く三月某日、春休み中だというのにも関わらず、俺は久々に大学構内に足を運んだ。


 ここまで来るのにかなりの精神力を要した。


 古びたコンクリートの校舎が、威圧感を持ってそびえている。


 見慣れているはずなのに、この日だけは他人のようにそっけなく、訪れたことの無い、異界の入り口と化している。


 学生にとって、今日は一年に一度、地獄の釜の蓋が開く日だ。


 ちなみに雲州大学医学部は、80年以上前に医学専門学校として創立されたが、後に雲州大学と合併したため、大学の本部や教養部、他の学部とは、数十キロの距離が離れており、移動が非常に大変である。


 医学部は医学科、生命科学科、保険学科の三学科からなり、俺の所属する医学科は一学年80人で、コの字型の古い講義棟が、大学の附属病院と、道路一本隔てて向かい合っている。


 校舎のすぐ近くには、一周すればハーフマラソンが出来るほどの周囲長を持つ因幡湖が、満々と水をたたえており、ボート部の掛け声が、何故か授業中もうるさく聞こえてくる。


 さすがにこの時期はシーズンオフなのか、まだ人影は見えず、初春の弱々しい日差しを反射しているだけだ。


 俺は、重い足を引きずりながら、大学の時間外入り口へと向かう。


 休暇中はそこしか開いていないのだ。


 指定された場所は結構広い階段教室だったが、見事に学生で埋め尽くされ、俺は座る席を確保するのに精一杯だった。


 何しろ全学年の留年決定者が一堂に会しているのだ。


 恐らく3桁近くはいるだろう。


 留年決定後、深い悲しみと倦怠感に包まれた俺は、春休みの間ひたすら1LDK(六畳+六畳)のアパートに引きこもり、帰省もせず、友達とも会わず、褥痩が出来そうなほど、ベッドに寝込んでいた。


 ただ、それでも時々風の噂は電話やメール、ネットの学内掲示板などで伝わってきた。


 予想通りだが、ボトムズの連中は悉く留年決定していた。


 また、学内掲示板によると、なんでもあの後、雪嵐は例の同学年の男と付き合いだしたらしい。


 俺の抑うつ気分はますます強まり、ひたすら天井の染みを数える毎日だった。


 しかしこれだけ大勢の人間がいるのにも関わらず、会場はまるでお通夜のように静まり返り、時々ぼそぼそとささやき声が聞こえるのみだった。


 周りの連中には俺より酷そうな顔色の者もちらほら見受けられた。


 特に女性の方がショックを受けるものが多く、会場をこっそり抜け出し洗面台でゲーゲー吐いている女子までいた。


 俺のように挫折に慣れていないだけ、精神的ダメージも大きいのだろう。


 そんなゾンビの群れのような学生たちの中に、田原の姿が見えないことに、俺は気が付いた。


 留年決定の後、彼は電話に出ることが無く、しばらく連絡が取れていなかった。


 他のボトムズ二人、すなわち松本と内藤の姿は最後列に並んでいるのが確認されたが、いくら周囲を見渡しても、あの坊主頭はいそうになかった。


 俺は一抹の不安を覚えたが、帰省している可能性もあるため、とりあえず考えないことに決めた。


 なお、もちろんのことだが、雪嵐の姿は陰も形も無かった。


「おい糞ども、逃げずによく来たな!」


 いきなり教壇の後ろのドアがガラッと開いたかと思うと、白衣をまとった長髪の女性が、柄の悪い台詞を吐きながら登場した。


 留年生担当教官にして寄生虫学の若手教授、蛇池棗じゃいけ なつめだ。


 凄まじいインパクトの苗字とは裏腹に、磁器のように白い肌と目鼻立ちの整った麗しい美貌とクレオパトラメロン大の凄まじい巨乳の持ち主で、はっきり言って非常に女性らしい体形をされているため、眼の毒である。


 医学科では唯一の女性教授なだけあり、性格は男勝りで気風がよく、教授会では他の教授でさえ言い負かすほど。


 年齢は、その容姿からは30前後にしか見えないが、とっくに40を超えているだの、実はバツイチの子持ちだの、色々噂されている。


「いいかお前ら、今から一人一人名前を呼び、この紙を手渡す。


 そこにはお前らが無様に落とした科目が列記されている。


 それを眼を皿にして見つめ、来年度についてよーく考えろ! 


 先取りしたい者はしてもかまわんが、自分の実力と相談して決めろ! 


 とにかく次の一年間、暇にはするな! 


 若い奴が暇だとろくな事をしないのは眼に見えている!」


 彼女の説教は毎年恒例の名物行事で、楽しみにしているものも意外といる。


 もっともこんな行事が楽しみになるようになっては、学生として終わりだが。


「よく聞け、蛆虫ども、今日だけは泣こうが喚こうが吼えようが吐こうが一向にかまわん。


 私が許す! 


 だが、過量服薬だのリスカだの飛び降りだの首吊りだのといった馬鹿なことだけは絶対するな! 


 人間てーのはそう簡単には死ねんし、自殺未遂の後には後遺症だけが残ることも多いし、そもそもこんなことぐらいで一々死んでいたらこの先やっていけんぞ。


 いいな、死んでもするな!」


 段々と彼女の発言は熱を帯び、ヒートアップしてきた。


 死んだ魚の眼をしていたゾンビ軍団も、その熱に多少影響されたのか、徐々に瞳の奥に光が宿り始めた。


 まるで利根川先生の演説に感動する債務者達のようだ。


「では今から名前を読み上げるから順番に来い!」


 一気呵成に怒涛の如く話し終えると、ようやく用紙の手渡しが始まった。


 生ける屍と化した学生たちは、名前を呼ばれるたびに、よろめきながらも次々に立ち上がり、粛々と教壇に向かう。


 その用紙を覗き込む顔は、死刑宣告を言い渡された死刑囚の如く、見る間に青ざめていく。


 俺も自分の番になると、緊張と不安と絶望のあまり、変な汗が滲み出てきて寒気がし、頭痛まで感じたが、嫌々ながら二つ折りにされた用紙を開いた。


 ちなみに俺の落とした科目は、ウイルス学を筆頭に、薬理学、病理学の三つだった。


 四天王科目に悉く引っかかっている、予想通りではあるが。


「この屈辱を糧とし、良き反省材料として、ちゃんと四月から、いいや、今から勉強しておけ! 


 何か分からんことがあったら、いつでも私のところに来い! 


 お茶ぐらい出してやるぞ! 


 じゃぁ、お前らの前途を祝福して、今から私が一曲歌ってやる!」


 そう言い終えるや否や、彼女はいきなり教壇に飛び乗ると、マイクを握り締め、ゴホンと咳払いをした。

すいませんが明日からは更新が1日1回になりますが毎日更新しますのでよろしくお願いします!

どの作品でも女医キャラが似たようなのはお許しくださいw

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