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第四十九話 誓い

「だけどね、実はあたし、先輩に内緒にしていたことがあるの。


 あまり言いたくなかったけれど、先輩も勇気を出して謝ってくれたから、あたしも告白しようと思う。


 聞いてくれる?」


 聡子が、いつになく真剣な口調で切り出してくる。


 俺はお花畑の頭を切り替え、彼女に向き直った。


「お、おう、何でも話してみなさい」


「先輩は、中野さんのニュース読んだ?」


「ああ、あの白骨死体の記事か」


 忘れたくても忘れられない。


 面識はないが、同じ留年生として、あの寂しげな顔写真は胸に刻み込まれている。


「実はね、あたし、中野先輩とは同郷で、昔からご近所でもあり、県人会でもお世話になっていたの」


「そういえば、あの人も雪嵐と同じ県出身だったな」


 新聞の記事では確かにそう書いてあった。


 意外なところで繋がりとはあるものだ。


 世間は狭い。


「それで、以前、中野先輩に相談しに行ったことがあるんだ……」


「相談って何を?」


「……」


 聡子は言おうか言うまいか、悩んでいるようだった。


 しかし決心したのだろうか、ぽつりぽつりと話し始めた。


「あたしね、そんなに胸がなかったでしょ。


 中野先輩も以前はそうだった。


 県人会の時、旅館で一緒に海辺の温泉に入ったからよく知ってるの。


 彼女は泳げないから水着には着替えなかったけど、浴場で裸を見たら、本当に平らだった。


 それがある時から急に胸が大きくなってきてびっくりしたの。


 しかも胸だけじゃなくて、お尻や太ももも……」


 聡子は遠い目をしながら、ゆっくり話を続けた。


 鈍行列車のようにゆっくりと。


「それであたし、こっそり聞いてみたの。


 先輩は最初はなかなか教えてくれなかったけれど、しつこく食い下がるあたしに根負けして、とうとう教えてくれた。


 ネットで、とある怪しげな美容サイトから、ある薬を手に入れたんだって。


 副作用もないし、飲むのも数回だけでよくて、すぐ効くって話だったので、騙されたと思って購入して飲んでみたんだけど、本当に数ヶ月間で胸やお尻や太ももに肉がついて、女らしい体型になっていったんだって。


 そこまで話を聞いて、あたしはついこう言ってしまった。


『もし余っていたら、あたしにも是非その薬を分けてください』って……」


「ま、まさか飲んだのか!?」


 聡子は顔を赤らめコクッと頷くと、何とその場で、例のゴールデンビキニアーマーを脱ぎ始めた。


 その下には先程俺が掴んでしまった豊かな胸が、はち切れんばかりに溢れていた。


「もう今じゃ手持ちの服もきつくなっているの。


 本当にどんどん大きくなって……」


 聡子の声は消え入りそうなくらい小さくなっていた。


 気が付くと目に涙が浮かんでいる。


「わ、分かったよ、服を着てよ!」


 俺は慌てて思ってもいないことを叫んだ。


 だって紳士ですから、変態と言う名の。


「だって先輩が悪いんだよ! 


 おっぱい星人で、前から巨乳の人ばっかり見てたし、最近あたしのことなんか全然見てくれなかったし、それで、今年の5月頃、つい飲んじゃったの……」


「なるほど、あの図書室で会ったころか」


 あの時感じた違和感は、間違っていなかったのだ。


 俺は自分のおっぱいセンサーをちょっとだけ誇りに思った。


 しかし、俺のせいで飲んだと思うと、そんな誇りはかき消すように消えうせ、ほろ苦い罪悪感が後に残った。


「でも、あのニュースを見て、なんだか怖くなったの。


 あたしはこの前中野先輩のお葬式に行ってきた。


 ちょうど帰省していたし、家同士の付き合いも会ったから。


 先輩の死因は結局まだ分かっていないようだけど、先輩の妹さんが、そっと、変なことを話してくれた。


 彼女はネットをよくするんだけど、中野先輩が利用していた美容サイトのことを知っており、そこがとっくに閉鎖されていることも教えてくれた。


 そして、どうやらネットの噂では、そのサイトで商品を購入した女性たちの幾人かが、連絡が取れなくなったり、行方不明になっているらしいの……」


「そ、それはいわゆる都市伝説というやつでは?」


「あたしも最初はそう思って聞き流していた。


 でも、実際に、薬を買ったとSNSで発言している人が、次々と更新しなくなっており、しかも、どうやらあたしの地元近辺の県で、発生している現象のようなの」


「……」


 俺はその時、留年説明会で、蛇池教授が言っていた、女性失踪の話を思い出した。


 あれはこのことだったのだろうか。


「彼女は、中野先輩からあたしが薬を貰った件を、中野先輩を通して知っていて、『飲まない方がいいよ』と言ったの。


 あたし、どうすればいいのか……」


 聡子はビキニ鎧を装着し直しながら、そう呟いた。


 俺は必死に考えを巡らせていたが、馬鹿の考え休むに似たりで、何一つ名案が浮かばず、歯がゆい思いをするのみだった。


 まったく、早百合がいみじくも指摘したように、問題集や家庭教師がいないと、問題が解けない屑人間に成り下がっていたらしい。


 早百合や吉村のように、真の意味で知恵が働く人間がうらやましかった。


 だが、これくらいの謎が解けなくては、到底ウイルス学に受かることなぞ夢のまた夢だろう。


「ま、何の根拠もないが、俺に任せろ!」


 思いっきり虚勢を張りつつも、俺は胸をぽんと叩いた。


 不審げな瞳で俺を見つめる彼女だが、そのうちくすっと吹き出し、花が咲いたように明るくなった。


「そうね、お任せしてみるわ、彼氏さん!」


 そう言うなり、彼女は、傍らに置いていた剣を掴むと立ち上がり、中世の女王のように、俺の肩を軽く叩いた。


「ああ、留年生は打たれ強いんだ! 


 並大抵のことじゃくじけないぜ! 


 絶対約束する! 


 君を守る!」


 俺は、ベッドに跪き、美しき女剣士に心からの忠誠を誓った。

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