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第四十七話 謝罪

「いやー、すまんすまん、妹の彼氏さんだとは知らなくてなー、悪い悪い」


「んもー、お兄ちゃん、なんてことしてくれんのよ、本当に!」


「てっきり発情したカメラ小僧がレイプでもしようとしたのかと勘違いして、思わずやっちまったんだよ。


 めんごめんご」


「はぁ……、いや、俺ももうちょっと考えて行動すればよかったですよ。


 こちらこそすいません」


 会場の医務室のベッドに寝転がった俺は、傍らのパイプ椅子に腰掛けた、女剣士姿の聡子と、モーニングスターを手にし、ごつい鎧を纏った大男-先程会場内で見かけた剣士-と、お互いに謝りあっていた。


 あの後ベッドの上で目覚めた俺は、聡子と、見知らぬ大男に付き添われているのに気付いた。


 大した痛みもなかったが、念のため休んでいるようスタッフに言われ、その後、こうして横になっている。


 内藤と松本には携帯で連絡したが、案の定、心配するどころか、「休み時間がなくなった」と、愚痴ばかりぼやいていた。


 そしてたった今、この髭面で精悍な筋肉質の男性が、なんと聡子の兄だと聞かされ、衝撃を受けていた。


 美少女アニメグッズにはまっているという噂の兄は、どう見ても、家に引きこもるよりも、片眉を剃って山篭りしたり、素手で熊でも殺している方が似合っていた。


「いやぁ、ニート歴が長過ぎて、することもないから無駄に筋トレしてたら、こんな身体になっちまったんだよ。


 そのことをネットで知り合ったレイヤーさんに話したら、某ゲームのコスプレに参加してくれないかって言われてな。


 妹はちょうど帰省してたんだが、何故か珍しくコミケに行きたがっていたから、一緒に連れてきたら、レイヤーさんが、このブスを一目見るなり気に入って、是非女剣士のコスプレをしてくれって、土下座してまで言うんだよ。


 こいつ昔っから押しに弱いから、ついつい引き受けちゃってな……」


「こいつだのブスだの言わないでよー!」


 聡子が怒りの抜刀術で、兄の脛をぶった切る。


「いってぇーっ!」


「……まぁ、大体の事情は分かりました」


 俺は片足を押さえてぴょんぴょん跳ねる剣士に、敬語で答えた。


「いやぁ、理解のある彼氏さんで助かったよ。


 こんなお転婆だけど、よろしくな」


「もー、お兄ちゃんはとっとと出てって!」


「はいはい、じゃ、またな」


 ダンボール製っぽい手甲を嵌めた手をひらひらと振ると、聡子兄は逃げ去るように、モーニングスターを小脇に抱え、医務室を抜け出していった。


 あれが俺を襲った鈍器なんだろうか?


「なかなか、楽しそうなお兄さんだね」


 俺は、とりあえず無難な感想を述べ、聡子とのコミュニケーションを図った。


 何から聞いたものか、先程の衝撃もあり、軽く頭が混乱している。


 そもそも、何故彼女は兄に、自分を「彼氏」として紹介したのだ? 


 早百合のときもそうだったと聞くが、理由が分からない。


 俺をかばってくれるための方便か?


「ご覧の通り、どうしようもない糞兄貴なの。


 先輩、本当にごめんなさいね」


 珍しく聡子がしおらしげに頭を下げる。


 大きな胸元につい視線が行きそうになり、俺は慌てて目を切った。


「いや、だから何も謝ることなんてないよ。


 むしろ、俺の方こそ、ずっと君に謝りたかったんだ」


「えっ?」


 赤いウィッグを被ったまま、聡子が頭を上げる。


 俺は、「土下座でも何でもいいから、誠意を見せなさい。伝えないと伝わんないわよ」と、早百合に後押しされるように説教されたことを思い起こす。


 今がその時だ。


「ほら、今年の三月、電話で『どうせ俺みたいな留年野郎と恥ずかしくて付き合えないんだろう!』なんて言っちゃってさ、あの時、ウイルス学やらなんやらで疲れていて、留年のストレスもあって、つい怒鳴ってしまったんだ。


 本当にごめんなさい」


 今度は俺の方がベッドから身体を起こし、深々と頭を下げた。


 そうだ、この一言を、半年間、俺はずっとずっとずっとずっと言いたかったんだ。


 そのためだけに、色々悶々と思い悩んできた。


 最早、新しい彼氏がいようがいまいが知ったこっちゃねぇ!


 自分の気持ちを最大限、目に見える形にして、俺はいつまでも下を見続けた。なんだか涙が滲んできた。


「ん、許す!」


 彼女の明るい声が、俺を救った。


 そっと見上げると、彼女は怒ったような、笑ったような、複雑な顔をしていた。


 その瞳が、なんとなく潤んでいるように感じたのは、室内の湿気のせいではなさそうだった。


 お互い、今にも泣きそうだったに違いない。


「あ……ありがとう!」


 俺は、思わずベッドから立ち上がると、彼女に抱きついていた。


 彼女も強く抱き返してくる。


 遠くから聞こえていた会場の喧騒が、この時ばかりは潮が引くように遠ざかっていった。


 俺は、腹の底から湧き上がる喜びと、安堵と、優しさと、慈しみと、その他もろもろの感情を抑えきれず、ただ、嗚咽していた。

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