第四十六話 再会
広大な会場をうねうねと歩き、「壁」サークルに並ぶ長蛇の列に打ちのめされたり、高額の同人誌を買ってお釣りをもらったら、逆つり銭詐欺にあって、ラッキーだったり、車椅子で訪れているつわものを見て、「後ろで押している人も、同人誌を買うんだろうか?」といらぬ心配をしたりしながら、いつの間にやら俺は、外のコスプレ広場にたどり着いた。
どうやら、この場所だけが、コスプレ及び撮影が正規に許可されているらしい。
そこはまさに、コミケの華というか、カオスの中心というか、一種形容しがたい場所だった。
夏晴れの、山陰よりもはるかに強い太陽光の下、ありとあらゆる漫画、アニメ、小説、ゲーム、はては歴史上の人物などに扮した人々が、所狭しと蠢いていた。
あちらに懐かしのラムちゃんが、セクシーなビキニ姿でポーズをとっているかと思えば、こちらには日本空軍の制服を纏った男性が敬礼をしている。
空手の道着を纏い、鉢巻を締めたマッチョメンが腕組みをしている後ろでは、謎のステッキを持ってフリルがいっぱい付いた服を着たやや年食った魔法少女たちが、五人ぐらい集まって笑顔を振りまいている。
なんだかよく分からない、ロボットやぬいぐるみの格好をした人も少なくなかった。
ていうか半分以上元ネタが分からんので、似ているのかどうか、評価のしようもなかった。
唯一俺に突っ込めたことは、某ドラマの女医のコスプレさんの首からかけている聴診器が、小児科用のものだというくらいだった。
それぞれのコスプレイヤーの周辺には、デジカメを構えた人々が輪を描き、絶え間なくシャッターを押し続けている。
コスプレイヤー同士がお互いに写真を撮り合っている姿も、決して珍しくなかった。
噂には聞いていたが、あまりの非現実的な世界に、俺は思考停止状態に陥り、少なくとも数分間はその場でフリーズしていた。
「いかんいかん、こんなところにずっといては、脳が腐る!」
正気を取り戻した俺は、なんとかこの修羅道から脱出しようと試みるも、まわりは黒山の人だかりで、入り口からは絶え間なく人がなだれ込み、しかも所々で撮影会が行われているため、動くことすらままならない。
気ばかり焦ってもたもたするうちに、時間は流れ落ちる水のように減っていく。
これ以上遅れると、あの二人がまた文句を垂れるだろう。
その時、俺の網膜の片隅に、一際人口密度が上昇している空間が飛び込んできた。
群衆の中心の、剣を手にした女性は,身に着けているのは赤い兜と黄金に輝くビキニ鎧のみで、どこぞのファンタジーRPGの女剣士のコスプレのようだった。
兜に隠れて、こちらからは顔は良く見えなかったが、夕焼け空を思わせる見事な茜色の長髪を風になびかせ、日に焼けた健康的な肌を惜しげもなくさらしていた。
身体全身に玉のような汗をかき、剣を上段に構えて時々激しい気合いを発する様は、美しい野生の肉食獣を連想させた。
だが、特筆すべきはやはり胸であろう。
大きな二つの鞠のようなその物体は、彼女が剣を振るうたびに、しなやかに揺れ、名古屋城の鯱のようなブラから今にもはみ出しそうだった。
「すげぇ……」
おっぱい星人の血が騒ぎ出し、出口に向かうことも忘れて、俺はふらふらと吸い寄せられ、その魅力的な剣舞に見入っていた。
だが、近くで凝視しているうちに、なんとなく、その女性をどこかで見たような気がしてきた。
「レイヤーに知り合いはいなかったはずだが……」
ぼんやりと湯だった脳内を検索するも、あんな見事な肉塊の所有者の顔が思い浮かばない。
だが、たしかにどこかで出合った覚えがある。
そう、つい最近……。
その時、正午の太陽が一際輝きを増し、そのせいか、彼女の手元が狂い、剣の柄が兜に引っかかり、脱げ堕ちた。
「雪嵐!」
俺は、紙袋を取り落として絶叫した。
長髪の鬘を被っているものの、あのキュートな顔は間違えようもなかった。
てか、図書館や海水浴場ならまだしも、なんでこんな所で出会うんだよ!
有り得んだろ、普通!
「えっ、誰?」
どこからか自分の名前を呼ぶ声がしたのに気付いたのか、女剣士改め聡子は慌てふためき、その場から逃げ出そうとする。
その拍子に周りのカメラ小僧にぶつかり、ビキニの肩紐が外れてしまった。
「危ない!」
彼女に接近していた俺は、とっさに人混みを掻き分けて突き進むと、彼女に抱きつき、そのもったいない裸体が、太陽の下、パパラッチどもの被写体になるのを防いだ。
せっかくのシャッターチャンスをふいにされた回りからはブーイングが上がったが、正直知ったこっちゃねぇ。
「先輩、やっと会えましたね!」
なんと彼女は満面の笑みを浮かべていた。
まるでこうなることが分かっていたかのように。
「雪嵐、裸で抱きついてくんな!
とにかく一旦ここから離れよう!」
「えー、だって抱きついてきたのは、先輩からじゃないですかー、それにその手……」
「え、こ、この柔らかいものは、ひょっとして……」
「おい貴様、俺の妹に何をする!」
次の瞬間、俺は後頭部に火花が出るほどの打撃を受け、意識を失った。