第四十四話 白骨美人
「しかし、彼の爆死ニュースも凄かったが、この前の、中野恵さんの白骨死体のニュースも衝撃的だったにゃ~」
いつの間にかプレイを中断して素に戻った内藤が、床に落ちている本日八月三日付けの地方紙朝刊を足先で捲っている。
三面記事には、「女子医大生の白骨死体、山中で発見。自殺か!?」と、ショッキングな見出しが躍っている。
中野恵さんとは、法医学を何回も落とし、昨年4月に休学届けを出して隣県にある実家に帰った後、失踪した、例の女学生その人だった。
写真を見る限り、かなり線の細い美人さんだったようだ。
記事によると、彼女の遺体は隣県の山中の沢沿いで、昨日登山して道に迷っていた男性が、偶然発見したらしい。
傍らに落ちていたコートのポケットに財布が入っており、中のカードやらなんやらから身元が判明したそうだ。
骨やコートは小動物に齧られたような痕があったらしい。
「遺体は地表にあれば、夏場は一週間程度で虫や動物に食べられ、冬場でも数ヶ月あれば完全に白骨化しちゃうそうですね。
だから一週間以上前に亡くなったんでしょうけど、骨だから、死因とかは分からないでしょうね」と松本がマニアックな意見を述べる。
「なんで山奥なんかに行ったんだろうな……」
俺もペットボトルの麦茶を一口飲みながら、会話に加わった。
しかし相変わらず暑い。
部屋の温度と湿度は、人間が三人もいるせいか、いくらエアコンを稼動しても下がる気配がない。
もっともエアコンもだいぶお疲れ気味で、時々変な臭いや音がするため、修理に出すべきか迷ってしまう。
時間は夜の九時を回っているのだが、一向に涼しくならず、麦茶だけが減っていく。
「そりゃあ~た、象さんみたいに人里はなれたところでちょっと死にたくなったんでしょ?
錦織氏だってよくあるんじゃにゃ~の?
彼女にも振られちゃったし」
内藤のアホが失礼極まりないことをぶっちゃける。
「そうしょっちゅう死にたくなってたまるかい!」
俺は怒鳴り返した。
ちなみに聡子のことに関しては、まだ詳細不明なままだ。
この前の夜、早百合が、「雪嵐さんは、あなたのことを、『彼氏』だと言っていた」と主張したが、ひょっとしたら「元彼氏」の聞き間違いかもしれないし、かといって聡子本人に確認を取るわけにも行かず、俺は宙ぶらりん状態のまま、バイトと研究室と家の三ヶ所を移動する日々を過ごすのみだった。
変に期待をし過ぎて、後で絶望することだけは避けなければならない。
これ以上傷付くのは御免こうむる。
「しかし大学生って本当にころころ死にますよね。
大学はレジャーランドとかいう説はどこへ行ったんですか?」
松本が珍しくいいことを言う。
「本当だよにゃ。
俺っちも、医学部入れば、後は歌って踊れてあらほらさっさって思っとったに、何ですかねこの生き地獄は。
高校時代まではするする~っと来てたのに……」
内藤も珍しく愚痴を述べ、新聞を軽く蹴り飛ばした。
俺は、先日の早百合師匠とのやり取りを思い出し、皆、俺と同じ思いで、同じ悩みを抱えていたことを感じ取った。
彼らのためにも、何としてもウイルス学を攻略し、試験中に、俺が田原に成り代わってカンニング用紙を回し、これ以上の犠牲者を出さないようにしなければならない。
別にそこまでする義理がないといえばそれまでだが、これ以上友達が減って、麻雀やTTRPGプレイに支障を来たすのも困る。
「だが、勉強のことよりも、まずは目前に迫ったコミケの方だ!」と、俺は無理矢理話題を変え、暗い雰囲気を一掃しようと試みた。
これ以上どんよりとなっては、かえって蒸し暑くなり、たまったもんじゃない。
「そういう錦織氏は原稿はでけとるの~?」
「フッ、自慢じゃないが、まだ白紙だ」
「本当に自慢じゃないですねぇ」
松本が額の汗を拭いながら、小さく嘆息する。
うるさいだまれ。
「それにしても間に合うのかに~?
製本する時間だっているでしょ~に」
「どうせオフセじゃなくてコピー本だから、んなもの三人がかりでやれば、一晩で出来るさ。
案も大体まとまっている。
今までバイトで忙しかったせいで、筆が進まなかっただけじゃい!」
俺は姿勢を正すと、サイコロを片手でからころと振り、ゲームマスターの威厳を取り戻すべく、喉に力をこめた。
「さて、それじゃゲームを再開すっぞ。
セレネース男爵夫人はそこまでリリカに告げると、ショックのあまり気絶する。
食堂にいた人々は、それが合図だったかのように騒然とし、あたりは罵声や悲鳴、うめき声など、様々な種類の声で埋め尽くされた。
この中に、魔法薬をこっそり倉庫から盗み出し、デルモベート男爵に飲ませて哀れな雄豚の姿に変え、皆の朝食として提供した犯人がいるに違いない、という声に……」