第四十三話 オークション
「というわけで、オークション会場内部の食堂では、その日の朝食も豚の丸焼きが出た。
しかしどうしたことか、朝九時を過ぎてもデルモベート男爵の姿が見えない。
皆、アドベンチャラーレベル+インテリジェンスでサイコロを振ってくれ」
「コロコロっと。
うっ、10しかない。
インヴェガはインテリ低いししょうがにぇーな」
「よしよし、14です……わ!」
「それじゃ、リリカには分かったけれど、男爵夫人のセレネースの顔が、とても青ざめているのに気付いた。
さて、どうする?」
「そりゃもちろん、聞いてみます……ですわ。
奥様、どうなされましたこと?」
「男爵夫人は、食べ残された豚の顔面を震える指先で指し示し、こう呟いた。
『うちの主人は、以前病気で失明して以来、右眼に特別な魔法の水晶球を嵌め込み、義眼としていました。
それが、何故かここに……』」
「げっ! ま、まさか……」
「マ、マスター! 僕たち、じゃなかった、わたくし達は、その朝飯、食べてませんわよね?」
「えー、誰も食べないなんて宣言してないじゃん。
もちろんお腹いっぱい食べた後さ」
「この野郎―っ!」
「うわ、ま、待て、ゲームマスターにサイコロをぶつけるな!」
「これが怒らずにいられますか!
またやってくれましたね、ですわ!」
「だから、昨日の最後に、『明日のオークションでは、貴重な薬が出るらしいぞ』って噂が流れてたじゃないか!」
「分かりませんよ、それぐらいじゃ!
せめて動物に変身させる魔法薬とでも言ってくれなきゃ、ですわ!」
「ま、またやりやがったにゃ、こいつ……」
「ヒャッハッハッハ!」
戦士インヴェガと魔法使いリリカ、じゃなかった、内藤と松本は、それぞれ頭を抱えて雀卓につっぷし、俺は邪悪な高笑いを繰り返し、S子2号ちゃんは皆を暖かく見守っていた。
後で犯そう。
俺たちが今やっている高尚な遊戯は、テーブルトーク・ロールプレイングゲームと呼ばれる、いわゆるTTRPGと略される、昔からある対人ゲームだ。ゲームマスターと呼ばれる、いわばゲームの司会進行役を中心として、複数のプレイヤーたちが、ファンタジー世界で戦士や盗賊、魔法使いといった冒険者の役を演じ、ルールに従って様々な冒険をするというお遊びだ。
現在のコンピューターゲームのRPGはこれを元としており、今となっては時代に相反する古風なスタイルだが、集まる時間と膨大な妄想はあれども金がないという貧乏大学生とは、極めて相性が良いゲームであり、俺たちは様々なゲームをプレイしてきた。
もっとも、シナリオやマップ、モンスターなどを考えるゲームマスターが、最も労力が多く、大変なのだが、怠惰極まるボトムズどもは、皆俺にその任を押し付けてきやがった。
最初は面倒くさがった俺だが、やってみるとその万能感はけっこう面白く、もとから物語を考えるのが好きだったのもあって、いつの間にやらマスタースクリーンの裏が定位置となった。
だが、俺の造るシナリオやモンスターは、一つの欠点があった。
俺のどくどく湧き上がる脳内世界を再現するため、非常にエログロ使用になることが多々あり、冒険者たちに、現実世界においてまで様々なトラウマを植えつけた。
「リアルSAN値下げマスター」と俺は恐れられ、ベルセルクにも負けず劣らずの欝シナリオと言われた。
ためしにTTRPG雑誌に投稿してみたら、「確かに凄いネタだが、とても載せられない」と評され、イエローカードまで貰ったため、俺は複雑な気分になった。
「これでしばらく豚肉が食べられなくなったじゃにぇーか!」
「誤解だ!
見抜けなかったそっちが悪い!」
「だからもっとヒントがなきゃ無理ですって!」
「せめてロゼレムがいればにゃぁ……」
戦士インヴェガ改め内藤が、今は亡き盗賊の名を寂しげに呟く。
「ああ、彼は、邪悪なゲームマスターが生み出した、内臓モンスターや巨大な胎児の怪物にも、果敢に立ち向かっていきましたねぇ……ですわ」
魔法使いリリカ改め松本も、しんみりと彼の武勇伝を思い出す。
つるっ禿の盗賊ロゼレムを持ちキャラとしていたのは、田原だった。
彼は、皆を引っ張り、俺の裏を書き、数多の罠や謀略を掻い潜り、冒険においても良きリーダーを演じていた。
彼のせいでシナリオが崩壊しかけたことも一度や二度ではなかったが、逆に彼がいなければクリア出来なかったシナリオが多々あったのも事実である。
ちなみに彼の死は、ドラゴンの巣に交尾を覗き見しに単独で忍び込んだところ、お楽しみ中のドラゴンに見つかり、怒りの火炎ブレスで焼き尽くされたことになっている、ゲーム中では。




