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第四話 留年残酷物語

 山陰地方-名前からして陰々滅々とした印象が漂う、素敵な地域だ。


 快晴が多く、政令指定都市が軒を連ね、新幹線の走る山陽地方に比べ、どんよりとした天気が続き、日本一人口が少ない県を含み、未だに電化していない路線がある、


 まさに陰となる地域、言い得て妙だ。


 冬場は雪で電車が遅れることも多く、かの西村京太郎先生に、「時刻表通りに電車が来ない!」と嘆かれる始末。


 産業は農業、漁業、そして何故かゲゲゲだの名探偵だのといった漫画など。


「白い巨塔」で里見脩二が左遷された地でもあり、古来栄えたとはとても信じ難い、不便極まる陸の孤島。


 そんな山陰のα県の名門国立大学、雲州大学医学部医学科に、北陸地方出身の俺、錦織直太にしきおり なおたが一浪の末見事合格したのは、今から5年前の春のこと。


 まだ19歳の何も知らなかった当時の俺は、「大学に入れば遊んで暮らせる」という誤った希望に胸を膨らませ、校門前の桜並木を歩いたものだった。


 そして一切勉強なぞせず、陸上部に籍を置き、ゲームと麻雀と読書と部活動に明け暮れた俺は、その次の春、最初の留年を経験するが、その時は、「遊んで落ちた」という自覚があったため、まだまだ余裕のよっちゃんだった。


 とりあえず翌年教養部をクリアーし、晴れて医学科の教室に足を踏み入れるも、待っていたのは想像以上の地獄で、俺は真の恐怖の一部を体験した。


 襲い来る英語やラテン語などの医学用語に、生理学や生化学、そして人体解剖といった実習の数々。


 ぬるま湯でのほほんと過ごしていた俺には、とても太刀打ちできず、二回目の留年を喫する。


 俺はさすがに不安になってきた。


 同期は既に4年生に駒を進めているというのに、俺はいつまでこんなところで足踏みしているのだ。


 留年だって無限に出来るわけじゃない。


 6年の二倍、つまり12年間で卒業できないと分かった学生は、その時点で退学となる。


 一念発起した俺は、だらけきった脳髄に鞭打ち、追試に次ぐ追試で、なんとか翌年、3年次に這い上がった。


 だがそのままの勢いで勉強すればいいものの、ほっと一息ついた俺は、そのままのんべんだらりと、麻雀やゲーム三昧の爛れた日々を過ごしていた。


 そんな留年続きの駄目男がモテるはずもなかったが、長年陸上部に所属していたためか、その年の秋から、なんと、一学年下の部活の後輩にして学校一の美女、雪嵐聡子と付き合うことになってしまった。


 そもそも先に声を掛けてきたのは彼女の方からだった。


 どうして俺なんぞに興味を持ったのかはわからないが、4月に入部した彼女は、その年の歓迎会で、飲み屋の挨拶で俺の語る上記の留年残酷物語を、嫌な顔一つせずに聞いていた。


 今思うと、年上の男性という存在に興味と憧れを抱くお年頃だったのだろうか。


 部活ではマネージャー的に甲斐甲斐しく働き、冷たい飲み物を用意するなど気が利いていた。


 そして時は過ぎて秋が訪れ、枯れ葉が舞い落ちる部活の帰り道、彼女は、「先輩の家に遊びに行ってもいいですか?」と恐ろしいことをのたまい、俺は感激のあまりその場でショック死するかと思った。


 しかし俺の部屋は、エロ漫画やらエロゲーやらエロ小説やらエロフィギュアやらが層を成す魔窟であり、俺はその場では泣く泣く申し出をやんわりと断ったが、かわりに一緒に映画に行くことで合意した。


 このようにまるで中学生同士のような健全なお付き合いを始め、大学合格以来始めて世界が輝いて見えたものだが、そんな幸福な時間も束の間のこと、二人の間には、徐々にひびが入り始めた。


 そして季節は冬に入り、部活もシーズンオフとなり、怒涛の試験ラッシュが始まると、会うことすら叶わず、やがて追試の山が確定し、苦も無く次々と試験に受かっていく彼女に対し、俺は合わせる顔がなくなり、留年のストレスから、絶望的になってきた。


 更に彼女が同学年の優秀な男と勉強会で仲良くしているという風の噂を聞くと、黒い嫉妬の炎に包まれ、久々に電話で話し合ったとき、「どうせ俺みたいな留年野郎と恥ずかしくて付き合えないんだろう!」とつい暴言を吐いてしまい、彼女も怒って携帯を切り、二人の関係は終わった。


 とまあそんなわけで、俺は失恋の痛みに耐えながらも、それを試験地獄を乗り越える糧にしようと自分の心に言い聞かせた。


 何しろここで落ちたら、どうせ下から上がってくる、優秀な彼女と同学年になり、生きているのが辛くなる日々を送るに決まっている。


 そうならないためにも、ここは何としてでも受からねばならない!


 だがそんな思いも空しく、俺の元に、「留年説明会のお知らせ」が届いたのは、三月下旬のことだった。

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