第三十五話 救世主
厄介ごとが起きたのは、正午近くの頃だった。
俺はちょうどその時監視員小屋の当番で、扇風機のなまぬるい風を受けてまどろみながら、漫画「THEレイプマン」が原作の、Vシネマ「お江戸レイプマン」について考察していた。
何故、何の脈絡もなく、現代が舞台の「レイプマン」が時代劇になって、しかも江戸時代なのに、何故舶来語のレイプやらマンやらが使われるのか、二重の意味で矛盾している。
「星獣戦隊ギンガマン」で女幹部役をしたこともある、俺の大好きなグラビアアイドルの水谷ケイが出ているからいいようなものの、あまりにも酷い原作改変だ。
「そうか、これこそまさに、原作レイプってわけか!」
暑さと眠気の中で突如ひらめいた俺が、その名案を口にしたとき、手にしたトランシーバーが鳴った。
監視台の吉村からだ。
神聖な思索活動を邪魔された俺は、舌打ちをしながらボタンを押した。
「錦織さん、ライフセイバーの方から教えてもらったんですが、休憩所の中で、ガスコンロを持ち込んで、肉を焼こうとしている人たちがいるんですよ。
火事になったら危ないから、僕たちに注意してこいって言っています。
監視小屋のすぐ近くですし、ちょっとお願いできませんか?」
「えっ?」
寝ぼけ眼をこすりながら、窓から右斜め前方を見やると、四隅の竹の柱の上に筵を被せて屋根とし、地面にゴザを敷いただけの、簡素極まる休憩所の中で、柄の悪い集団がガスコンロを取り囲み、缶ビールを並べたり、生肉をタッパーから取り出そうとしているところだった。
一応あの中は火気厳禁となっているが、誰も注意書きの立て札なんか読んじゃいないんだろう。
俺は心底どうでもいいと思った。
だって、なんだか金髪の兄ちゃんがいたり、肩に龍の絵が描いてある方がいるんだもん。
「スピーカーで注意してくれよ、それくらい」
「さっきしましたけど、全然聞いてくれません。
すいませんけどお願いしますよ」
「あーはいはい、わかったわかった」
無駄な抵抗をするのが嫌になった俺は、不承不承パイプ椅子から立ち上がると、監視小屋のドアを開けた。
たちどころにむっとする熱気と共に、焼肉のタレのにおいが飛び込んでくる。
そういえばそろそろ休憩の時間だな。
近くのファミレスにでも行こうと思っていたのに、とんだ邪魔が入ったものだ。
ちなみにそのファミレスは、隣に高級ソープランド「アモーレ」とやらがあって、店の前をポン引きが始終うろついており、かなり治安が悪かった。
俺は鉛のように重い足を、しぶしぶ休憩所の方へと向ける。
宴は今まさに始まらんとしており、やけにけばい化粧をした女性たちが、缶ビールのプルトップを引っこ抜き、吹き出る泡に嬌声を上げる。
俺は生肉を割り箸でつまみ出す金髪男の顔を見て、ようやくこれが何の集まりかについて理解した。
彼こそは噂のファミレス前のポン引きであり、彼らはソープランド「アモーレ」の御一同様だったのだ。
ってやけに年増しかいないぞ?
「あのー、お楽しみ中のところ悪いですけど、ちょっといいですか?」
「ああん?」
俺は極めて下手に出たつもりだったが、金髪男が鋭い眼光を放つ。
タレの入った紙皿を手にした一行も、じろっとこちらを睨み付ける。
「実は、ここは火気厳禁なんですよ。
誠にすいませんが、もうちょっと違う場所で……」
「んだとコラァ!」
俺が皆まで言い終わらないうちに、ポン引き野郎の形相が変わり、箸先が閃くと、牛だか豚だかの肉片が飛んでくる。
よけ切れなかった俺の鼻面にぶち当たったそれは、鼻先からべろんと垂れ下がった。
意外と冷たくて心地よいが、俺は今にもレイプされるんじゃないかとおびえ、失禁しそうだった。
「いいかげんなこと言うとんなや!
去年はOKやったんじゃい!
お前見かけん顔やけど、いつからバイトやっとんのや!」
毎日あなたに丁寧にお声を掛けられていますが、とはさすがに突っ込めず、俺は蚊の鳴くような声で、「今年からです」と答えた。
「ほれ見んかい!
いいか、わしらはショバだ……じゃなかった、町内会費をちゃんと納めとんのや!
なんも注意されるようなことなんぞしとらんわ!」
金髪男の臭い息が、唾と共に俺に襲い掛かる。
うわ、もう既に呑んでいらっしゃるようですね。
「やめなさい!」
急にどこかで聞いたような、懐かしい女性の怒鳴り声が響き、男の動きが止まった。
そのまま、声の発信源の方角を振り返る。
釣られて俺も、同じ向きに首を動かした。
そこに、救いの女神が降臨していた。
「ゆ……雪嵐!」




