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第三十四話 束の間の同僚

「よっこいせっと」


 リヤカーを二人がかりで海水浴場の隅にある、木造のボロ小屋の前まで運ぶと、俺は額から滴り落ちる汗を拭った。


 まだ朝の八時前だというのに、すでに周囲の空気は煉獄の業火のようで、景色が揺らいで見えるほど。


 ちなみにこの小屋は近所の農家の納屋だと推測されるが、無用心にもいつも鍵が開いており、中から肥料らしき、すえた臭いが漂ってくる。


 ここがゴミ捨て場に指定されており、俺と相方はリヤカーからゴミ袋を掴み出すと、お手玉よろしくぽいぽいと威勢よく地面に放り投げた。


 本日の相方は吉村という男子学生で、今日がバイト初体験だが、実は現在俺と同学年らしい。


 挨拶されて初めて知ったが、悪いけど全然気付かなかった。


 もっとも俺の大学の同級生は、以前にそうだった者も含めると、80人かけることの4で、つまりは320人となり、そんなもん覚えていられるか!


 しかも最近授業に出るのは落とした三教科だけであり、雪嵐聡子カップルをなるべく視線に入れないよう、ことごとく最前列に座っているため、人の顔などまったく分からない。


 そんな世捨て人みたいな俺に対しても、その吉村という男は、軽蔑の眼差しではなく、暖かい人間的な態度で接してくれた。


 男の俺が言うのもなんだが、かなりの男前なハンサムボーイで、しかも物覚えがよく、たちどころに仕事のコツを掴み、きびきびと働いてくれた。


 きっと成績も優秀なのだろう。


 俺の僻みの虫がまたぞろ出現しそうだったが、彼は俺が得意とするサブエロカルチャー話も興味深げに聞いてくれたので、俺は調子に乗って、昨今のエロゲー業界について滔々と述べた。


 曰く、とあるエロゲー会社は童貞は入社できないこと、スキャナーを日本で最初に開発したのは某エロゲー会社で、ソフト作成のために造ったものを販売したら、やけに売れたとのこと、また別のエロゲー会社の電話対応時間は、何故か深夜のみとのことなどなど。


 更には俺がエロゲーのし過ぎで、パソコンの起動音だけで下半身が起動するようになってしまったこと、中古ソフト屋はCDに傷一つあっても買い取ってくれないため、CDの複製には非常に気を遣うこと、ソフト解析にかける時間がバカにならないこと、ついでに留年残酷物語などの取り留めない話を、時間の許す限り、べらべらと喋ってしまった。


 現在大学は夏季休暇で、寄生虫学教室に顔を出す必要もなく、ボトムズの連中ともめったに顔を合わせず、話し相手といえばS子2号ちゃんぐらいしかいなかったため、俺もちょっぴり人恋しくなっていたのかもしれん。


「錦織さんって、噂通り、面白い人ですね。


 でも、話し込むと、うつになってしまいそうでもありますね」


 吉村は手厳しく俺を評した。


 てか、噂ってどんな噂だよ!?


「人間、少しぐらいうつになった方がいいんだよ。


 医学部の連中ってぇのは、あまり挫折を知らないから、一度くらい落ち込んどいた方が後々のためさ」


 俺は自分でも良くわからない持論を吐いた。


「それにしても、ちょっとスケベな話題が多過ぎますよ。


 それじゃ女性にモテませんよ」


「うるせぇ、留年留年でそれどころじゃないし、別にいいよ。


 それより、そんなこという君こそ、彼女がいるの?」


 俺は空のリヤカーを引きながら、いらぬお世話とばかりに切り返す。


「え、ええ……実は今日、様子を見に来てくれるって言ってましたよ」


「へぇ~、そりゃおあついこって」


 実際暑かったので、俺は顔を歪めた。


 今日は帰ったら森田童子の「ぼくたちの失敗」でも聞こう。


 ペンキを塗りたくったような夏空はどこまでも青く、健康的で、まるで不健康極まりない俺を嘲笑しているかのようだった。


 俺はぼんやりと死にたくなった。

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