表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/80

第三話 絶望の追試 その2

 俺は他の問題から先に済ませようかと考え、視線を用紙の下方にずらすも、更なる混沌が待っているだけだった。


 reassortmentとかrecombinationって一体何よ!?


 明らかに見通しが甘かった。


 さすがの俺も、まったく勉強せずに挑んだわけではない。


 珍しく、三日間も頑張った。


 というか、それが限界だった。


 理解不能なところが多すぎて、どこまでやっていいのか皆目分からなかった。


 ノートもかなりの欠落品であり、そもそも貸してくれそうな優秀なお友達なぞ、留年歴2回の俺には皆無だった。


 せっぱつまって前日にはボトムズ全員を招集するも、予想通り誰もまともなノートを持っていなかった。


 少しは勉強しようとしても、「そもそもgeneとgenomってどう違うんだよ。訳したらどっちも遺伝子じゃねーか!」と田原が叫ぶなどしてすぐに行き詰まり、まったく前に進まない。


 マニアックな松本にいたっては、「母子間での感染を垂直感染といい、他人間での感染を水平感染というって書いてありますけど、じゃぁ近親相姦で感染したらどっちなんですか!?」とわけの分からない質問をしてくる。


「ま、所詮ノート持ち込み可なんだし、もう少し気楽にいこうか」と、いつの間にやらだらけムードになって、おでん鍋をつついて酒を飲んでお開きという、ぐだぐだな結果に終わった。


 いつものことだけど。


 しかしこのままではやばい。


 時間は刻一刻と過ぎて行く。


 もうかれこれ15分は経過しただろうか。


 三時間もある長丁場の試験とはいえ、いくらなんでもそろそろ始動しないと後が怖い。


 周囲からはようやくかさこそと手元を動かす気配が漂い始め、焦燥感を煽ってくる。


 とにかく何か書かねば。


 再び一問目に視線を戻す。


 HBVはなんとか分かったが、その次のenveplopeからして意味不明だ。


 えーっと、確かパソコンの5インチフロッピーの外側の紙ケースをエンベロープって言ったっけか。


 するとこれはケースって意味か? 


 くそっ、ノートに索引でも付けるんだった。


 パラパラ捲っても見つからない。


 そのとき、山が動いた。


 田原の震顫が止まったかと思うと、ノートを引きちぎり、たちどころに何かを書き始め、机の下からそっと俺に手渡した。


 俺は試験官がぼけっと窓の外を眺めているのを確認した後で、そーっと紙をノートの間に挟み、そのミミズののたくったような悪筆を眺めた。


「問1:一部のウイルスはエンベロープって膜に囲まれ、細胞に感染するとき役立っているんだ。


 でもこの膜は石鹸などで破壊される。


 だから手洗いは感染予防になるってわけ。


 そういうことを適当に書け! 


 次これ松本にも回せ! 


 内藤の馬鹿は寝ているからやめとけ! 


 ばれる可能性がある」


 おお、さすが我等がリーダー、いや、メシアと呼んでもいい。


 俺は精一杯愛情のこもったウインクを右側に送ると、鉛筆を構え、「HBV has an enveplope……」と怪しげな英文を書き始めた。


 英語なんてもう何年もやっていないので適当だが、それはさすがに大目に見てもらえるだろう。


 更に前方のフケのかかった背中をど突き、打ち合わせどおり合図を送ると、のろのろと持って来た彼の後ろ手に、紙切れを突っ込む。


 とりあえず最初の難関はクリアーした。


 内藤には悪いがこれも戦いだ。


 そもそもこの最終試験でも、毎年30人近くが叩き落される。


 寝ていて通るほど楽な試験ではないのだ。


 そうだ、俺は今回ばかりは絶対落ちるわけにはいかない。


 何しろ落第したら、雪嵐聡子と同じ学年になってしまう。


 それだけは避けねばならない!



 しかし俺、否、俺たちは誰も気付いていなかった。


 ウイルス学が想像以上の怪物だということに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] geneとgenom、垂直感染と水平感染で悩む学生たちの姿は怠け者の医学部の学生の姿としてありえそうだなと思えて微笑ましいです。  漠然としたイメージですが、なんだかげんしけんのような絵柄…
2021/05/22 18:33 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ