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第二十三話 遺稿

「ていうか、これってチョンボですよね。


 八千点は保護者の錦織氏が当然払って下さいよ」


「保護者じゃねぇ! 


 そんな無駄な金も無ぇ! 


 てかおっぱいガン見するな!」


 俺は素早く彼女の前を合わせる。


 なんか身動きできない赤ちゃんかお年寄りを介助している気分になってくる。


「本当に金が無いんだったら、夏休み、ちょっとバイトしてみたくにゃ~い?」


 内藤がメールを片手打ちしながら、唐突に俺に申し出る。


「バイトって、お前がいつも夏にやっているっていう、海水浴場の監視員のこと?」


「おっ、話が早いねぇ~。


 俺っち、今年は色々と予定が埋まっていて、ちょっと行けないのよ。


 部活の奴らも忙しいっていうし、どうせ里帰りもろくにしなくて彼女にも振られた、暇そうなお前さんなら、適任かと思ってね~」


 弓道部に所属している内藤は、部活のつてで、毎年夏場だけ、大学から数キロ離れた温泉街にある海水浴場のバイトをしていた。


 そもそもバイトというのは部活ごとにテリトリーが決まっており、簡単に言えば、ヤクザのシノギが組ごとに違うようなものだ(そうか?)。


 例えば俺の所属する陸上部では、映画館のもぎりが代々受け継がれている。


 だが、どの部も人材の変動があるため、派遣する人数が足りなくなる場合がしょっちゅうある。


「振られたは余計だ! 


 でも、確かに魅力的な提案ではあるな。


 確か一日七千円だよな?」


「そうだよ~、でも、行く前に救命士の資格を取ってきて貰わなきゃいけないけどにゃ~」


「きゅ、救命士!? 


 そんなもの、簡単に取れるわけ無いじゃんか!」


「いえ、取れますよ。


 消防署や保健所で、数日間の講習を受ければ、『救命講習修了証』というものがもらえます。


 いわゆる普通救命士というもので、救急救命士とは違って、法的な力を持つ資格ではありませんがね」


 何故か内藤の代わりに松本が澱みなく説明してくれる、さよか。


「おっ、さすが松本氏は知ってるねぇ~。


 最近、海水浴場も事故が増えたのでうるさくなってきて、バイトでも取って来いって言われたのよ~。


 俺っち、そこまでしてしたくないのよね~」


「な、なんて奴……それが本当の理由か!」


「僕は無理ですね。


 エアセックス世界大会の練習をしないといけないですし」


 ちなみにエアセックスとは、説明するのも馬鹿馬鹿しいが、要するにエアギターのセックス版である。


「誰もお前になんか頼んでねぇ! 


 っていうかコミケはどうなったんだよ、お前ら!」


 そうなのだ、この前S子2号ちゃんと一緒に、夏コミの合格通知が届いていたのだ。


 あの、自殺した田原が死ぬ間際に電話で言ったように、彼は俺の名前で応募用紙を送っていたのだった。


「おっ、凄いですねぇ、本当に合格したんですか!?」


 コミケ事情にも詳しい松本が、キランと眼鏡を輝かせる。


 コミケの合格率は二倍前後と、それほど高くはないが、ジャンルによっては凄まじい倍率になるところもあり、受かるのは結構大変なのだ。


 更に、参加者として会場に入れば、一般人と違って、あの糞暑い中を何時間も並ばずに、すぐに会場に入ることが出来る。


 合格通知と一緒に送られてきた入場券は、人によってはよだれの出そうなプラチナチケットってなわけだ。


「な、何人分ですか、チケットは!」


「落ち着け、三人分だ。


 ちょうど俺たちの分がある。


 ちなみにジャンルは『医学』だ」


「そんなジャンルが本当にあったんですね……わかりました、エアセックス世界大会は辞退して、こちらに参加表明します」


「そりゃありがたいけど……って、お前、本当に日本予選突破していたのかよ!」


「カンボジア代表と偽って登録していたんですよ。


 どうせあちらじゃ誰も興味ないし」


「お前は猫ひろしか! 


 で、内藤はどうする?」


「それよりお前さんは、そんなにコミケに参加したいの~? 


 いくら田原の遺志があるっていっても、去年のレガッタのときは、そこまでやる気じゃなかったでしょ~?」


 俺以上にやる気というものを感じない内藤が、間延びしたしゃべり方で問いかける。


 確かにそのとおりだ。


「それを言われると辛いが、俺、すでに田原の原稿を受け取っちゃったんだよ」


「えっ、そんなものがあるんですか?」


「ああ……」


 俺は、S子2号ちゃんの豊かなヒップの下に座布団代わりに敷いていた、茶色い封筒を引っ張り出した。


 中には何やら厚い書類らしきものが入っているのが、外からでも感じ取れる。


 あの焼身自殺の翌日、警察の聴取を受けて、腑抜けとなって一旦家に帰った俺は、ポストにこの茶封筒が突っ込まれているのに気付いた。


 これぞ、田原が俺に郵送するといった原稿だろう。


 俺は、それを見た瞬間、彼の冥福のためにも、どうしてもこれを形にしてやらねばならないと、固く心に誓ったのだった。


 その思いは、今まで誰に言うことも無かったが、俺の中で燃え燻っており、怠惰な生活の中でも、決して忘れ去ることはなかった。


「分かった、そういうことなら、俺っちも、お盆の三が日は開けとくよ~。


 でも、俺っちは文章とか苦手だから、売り子だけにしてくれよにゃ~」


「ありがとう、内藤、松本……」


 俺は、久々に涙腺が緩みそうになり、袖で顔を隠した。


 俺たちボトムズが協力して、医学部の底辺で無様に生き続けている様を、世に知らしめ、彼の供養としたい(コミケってちょうどお盆だしね)。


 そんな考えが脳裏に浮かび、暗闇の中で揺れる灯明のように、暗黒の青春の中で唯一輝いていた。


 親友を失い、彼女を失い、留年を繰り返し、若くして絶望の底にあった自分の、生きる目的が見えてきた。


「ま、そうとなったら、軍資金のため、バイト頑張ってくれよ~」


「お願いしますよ、ニューリーダー!」


「そ、そうだな。って、何かうまく乗せられた気もするが……」


 S子2号ちゃんは、そんなお馬鹿な俺たち三人を、生暖かい微笑で見つめていた。


 後で犯そう。

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