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第二十二話 S子2号

「というわけで、今日は面子に『S子2号』ちゃんを加えてやってくれ。


 皆、よろしくな」


「分かったよ……って何が悲しくて、ダッチワイフと麻雀せにゃならんのにゃああああああ!」


 いつもはぼけ~っとして、怒ることなどめったに無い内藤が、さすがにぶち切れ、俺に牌を投げてくる。


 かなり痛い。


「ダッチワイフじゃなくて、最近はリアルラブドールというんですよ。


 しかしよく出来てますねぇ、これ」


 松本は怒りはしなかったが、興味津々という感じで、彼の対面に座っている、S子2号ちゃんを食い入るように見つめている。


 何しろ女物の服など持っていないので、S子2号ちゃんは、素肌の上から俺のYシャツのみという、極めてモラルに反する服装をしている。


 その顔は、一見人間と区別がつかないほど精巧で、かつ、こんな美女が現実にいるわけが無いと誰もが思うほどの美貌を誇り、憂いを帯びた表情を湛えている。


 髪型は、外側にカールしたスイングボブで、やわらかかつ爽やかな印象を与える。


 俺が貯金の全てをはたいて衝動買いしただけはある、究極のお人形。


 俺と内藤、松本の三人+彼女は、俺の部屋になんとかしつらえたスペースで、雀卓を囲んでまさに一戦おっぱじめようかというところだった。


 今日は後藤先輩が忙しくて急遽キャンセルしたため、3人しか集まれず、じゃぁ三人打ち、通称サンマでもしようかということになったのだが、普通にやるのもつまらないため、注文したてのS子2号ちゃんを、空席に座らせてみた、というわけだ。


「凄いもんだろう、様々なポーズを楽しめるハードグリップボディとやらだから、牌だって掴めるんだぜ」


「ほぅ、確かに凄いにゃ~」


 内藤も、次第に機嫌を直したのか、というか彼もS子2号ちゃんの魅力に気付いたのか、牌をかき混ぜる手を止め、彼女の白魚のような指先に注目している。


「しかし、何だって『S子2号』って名前なんですか? 


 確かこのヘッドは『さとみ』タイプのものでしょう?」


 どうでもいい知識に満ち溢れている松本が突込みを入れてくる、うぐぅ。


「ま、細かいことはいいんだよ! 


 俺の『エロス丸』と同じく、名前ぐらい勝手に決めさせろよ!」


「1号はひょっとして……あの子かにゃ~?」


 女性に関しては鋭い内藤が、鋭い指摘をする。


 俺はさすがに何も返せず、黙りこくった。


「なるほど、相変わらず未練たらたらなようだにぃ~。

 

 それで、彼女が忘れられずに、『聡子』に似た名前の『さとみ』を購入し、2号としたってわけか、可愛そうにぃ~」


 まったく可愛そうに思っていない口ぶりで言われても、腹が立つだけだ。


 図星を指された俺は、麻雀に熱中すべく、手先に集中する。


「しかし、お前さんも、いつまでも別れた女のことなんぞうじうじ考え続けず、新しいベイビーをゲットしちまえよ~。


 人生、エンジョイアンドエキサイティングだぜ~って、おっと、言ってるそばからメールだにゃ」


 狭い室内に「傾奇者恋歌」の着信音が殷々と鳴り響き、内藤は牌をいじる手を止め、ジーパンのポケットをまさぐる。


「おっ、愛しのカレンちゃんからだにゃ~。


 何々、『なめくじにお塩をかけたら縮むっていうけど、お砂糖をかけたらどうなるのかな?』だって? 


 か~わいいねぇ~。


 で、どうなるのよ?」


「「知るか!」」


 俺と松本は、同時に絶叫した。


「そもそも恋愛なんて、そんなに人生に必要なものですかね? 


 楽しいのは一時的なもので、後は無限の悲嘆や苦痛が続くのは、錦織氏を見ても明らかでしょうに」


 松本が、なかなか辛らつな意見を述べる。


 彼は麻雀中に退屈になった時などに、この手の論争をよく吹っかけてくる。


「そりゃそうかもしれんけど、だったらあちらこちらと港を変えればいいわけよ~。


 それに、よりが戻るってのもよくある話だし、もっと人生気楽に考えにゃよ~」


 対する内藤は、柳のように飄々と全てを受け流す。


「そもそも現実の女なんて、すぐに怒ったり、泣いたり、無視したりするし、大変なだけですよ。


 悪妻を持ったことで有名なソクラテスは、『結婚は、してもしなくても、結局後悔する』と弟子に語っていますし、ニーチェも壮絶な失恋をした後、脳梅毒のせいもありますが、徐々に精神を病んでいきます。


 恋愛を楽しみたければ、現在は、恋愛ゲームやエロゲーが大量にありますし、専用のAIまで開発されていると聞きます。


 そもそも恋愛以外にも楽しいことや面白いことはいくらでもありますし、わざわざ面倒を乗り越えて付き合い続ける必要がどこにあります?」


 松本は年間数百冊の書物を読み漁る末期の書痴で、医学以外のことなら豊富な知識を持っており、言い負かすのは至難の業だ。


「お前な、その面倒が楽しいわけよ~。


 すぐ簡単に手に入るものなんか、俺っちは興味ないにぇ~。


 相手の趣味を知り、生活を知り、そして心を知る。


 それが恋愛の醍醐味ってもんでしょ~が」


 実践で鍛えた内藤も、生半可なことでは自説を曲げないので、議論はいつも平行線だ。


 二人がいつまでも終わらない恋愛論争を続けている間、俺もぼーっと考えていた。


 果たして恋愛は必要なのか? 


 その視線の先は、いつしかS子2号ちゃんに向かっていた。


 何も言わないが、男を黙って受け入れてくれる、人工のイヴ。


 俺の敬愛する直木賞作家の車谷長吉先生も愛用しているそれは、その問題になんらかの解答を投げかけてくれるのではないだろうか?


「これ、相当高かったでしょうに。


 生活費とか大丈夫ですか?」


 いつの間にやら話をやめていた松本が、俺の様子に気付いたのか、同じくS子2号ちゃんを犯すように見つめている。


 おい、やめろ、腐る。


「いらんお世話だ。


 それより今日こそ勝ちまくって、乳頭の毛までむしり取ってくれるわ!」


「それを言うならケツでしょ? 


 まったく真性のおっぱい星人なんですから……」


 松本は、故・大島渚監督をリスペクトする俺を小バカにしやがった。


 それと同時に、今まで大人しく座っていた(当たり前だが)S子2号ちゃんが、何かを訴えるように、いきなり前につんのめり、俺は慌てて横から支える。


 彼女の巨大な双丘が、窮屈なYシャツからボタンを引きちぎって飛び出し、せっかく積み上げた牌の山を破壊する。


「「「すごいおっぱいだ……」」」


 野郎三人の感嘆の声が、期せずして唱和する。


 それほど(文字通り)破壊力抜群のダイナマイトボディだった。


 俺は日本の技術力に感謝した。

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