第十九話 プラグチェック
「電気を付けないでって言ったじゃない!」
動物実験室に入った直後に、うっかりドアの側のスイッチを押してしまった俺に対し、怒りの言葉が飛んできた。
「あっ、ご、ごめん……」
俺は反射的に謝り、頭を下げ、スイッチを即座に消した。
どうも聡子とのお付き合いの期間に、いろいろ嫌な反射が身に付いてしまったようだ。
「マウスは夜行性だから、明るくすると、寝てしまうのよ。
生活リズムが狂うと、いろんな所に問題が起こるの」
彼女は右手にマウスを掴んだまま、落ち着きを取り戻した声音で俺に説明してくれた。
「って、何やってんの?」
どう見ても、メスのマウスのあそこを観察しているようなんですが……。
「プラグチェックよ。
マウスが妊娠しているかどうかを確認するために大事なの」
「プラグ……チェック?」
EVAのプラグスーツとかなら知っているんだけど……。
「マウスは交尾後、オスの精液によってメスの性器に凝固が起きるの。
それがプラグよ。
これがあると9割以上は妊娠確実って言われている」
「へぇ……確かにマウスはティッシュで拭けないしな」
「馬鹿なこと言ってないで、あなたもチェックしなさい」
「そ、そんな無茶な!」
「簡単よ、それにあなた、そっちの映像がお好きなんでしょ?
母から聞いたわよ」
「あ、あの野郎……てか、さすがに動物は好きじゃねーよ!」
そうだ、何回も言うが、俺は様々なエロアイテムをコレクションしており、DVDだけでも軽く数百枚は秘蔵しており、動画に至っては数千ギガ単位で保存している。
そのブツは、友人や、時にはそんなに親しくない同級生とのノートや過去問との交換に使用され、まるで縄文時代のような交易ネットワークを、一部男子学生との間にのみ築き上げていた。
俺も貴重な無修正モノを手に入れるためには血の滲むような努力を重ね、何度も何度も悪徳業者に騙され、例えば二万円も払って手に入れた謎のDVDが、禿げた親父がひたすら鞭で打たれているだけという、金返せ以前に笑いたくなるようなブツであることもあり、その都度無駄な経験値を溜めつつ、新たな探求を繰り広げた。
やがて様々な冒険の結果、確実に狙ったブツを入手できるようになった俺は、一部男子学生の間で神と崇め奉られ、ボトムズの性風俗映像及び印刷物及び造形物研究担当大臣として広く認知され、たとえ学年トップクラスの成績の英雄であっても、染色体にYが含まれるならば、その性癖さえ掴めば、篭絡可能となった。
しかし悪い噂は広まるもので、前回留年した二年前の春、やはり留年説明会の後に、蛇池教授に呼び出され、「おまえが留年し続けているのは、変な桃色映像に現を抜かしているからという垂れ込みがあったが、その点どーなのよ?」と何故かお説教をくらう羽目になった。
そして、「貴様が真人間として更生するまで、私の元に全て預けろよこのオナ猿が」と強制家宅捜査を受け、コンテナ三つ分の荷物を押収されてしまったのだ。
おかげでまたブツを集めるのに、えらく苦労した、苦い思い出がある。
今回のウイルス学などで、ノートをあまり集められなかったのは、それが遠因ではないかと思っている。
「あなた、お風呂場まで、その手の漫画や雑誌やフィギュアや謎のアイテムで埋まっていたっていう話じゃない。
一体全体ちゃんと入浴していたの?」
「あんときは近所の健康ランドに行ってたんだよ!
いいじゃねーか!」
だんだん悲しくなって死にたくなってきた。
立ち直ろうとしたが、再び涙が流れそう、だって男の子だもん。
「とにかく、今からプラグチェックをなさい。
数時間経つと、プラグは取れてしまうから、朝やるしかないのよ。
いいわね」
「ちぇっ、わーったよ!」
舌打ちして、史上最低な思い出を無理矢理意識下に封じ込めると、俺は、出掛けに用意してきた台所用手袋を装着した。
とっとと終わらせて、サンデーとマガジンを買いに行かねばならない。
水曜日は忙しいのだ。