第十話 初夏の思い出 その2
「そうか……そうだよな。
お前みたいな鬼畜エロゲー好きに彼女が出来るわけなんかないよな」
田原が安堵のため息をついて、手元に牌を積み上げる。
かなり失礼な言い草だが、俺はぐっと耐え忍んだ。
「そうですよ、母乳モノ好きの錦織氏が、あんな貧乳小娘に手を出すわけ無いでしょ」
松本のたわけがもっと失礼な戯言をほざく。
俺はちゃぶ台返しをさっきしてやれば良かったと後悔した。
「しかし母乳といえば、某究極と至高のメニューが戦う漫画があるでしょ?
あれに出てくる主人公の新聞記者の乳母がいますよねぇ」
「それがどうしたんだ、一体?」
田原が、急にわけの分からんことを言い出した松本に、怪訝な視線を送る。
「あの乳母は、主人公にお乳を与えていたといいますが、確か不妊症なんですよ。
これっておかしいじゃないですか?」
「相変わらず変なことばかり悩んでいるな……で、母乳マエストロの錦織先生の見解は?」
「何だよその職業は!?」
俺は怒りのあまり手元が滑って牌の山を崩しそうになるも、ふと、ひらめくことがあった。
あれは、趣味で母乳について調べていた時だが……。
「えーっと、確か、母乳は妊娠していなくても高プロラクチン血症って疾患でも出るんだろ?
プロラクチンは乳汁を出させるホルモンだが、視床下部の病気や薬剤性でも上昇するんだ。
確かその中には不妊症になる疾患も幾つかあったはずだ。
だから矛盾は無いのさ」
「ほう、医学的にあっておるな、よく知っとるねぇ」
後藤先輩が、珍しく俺を褒める。
「い、いえ、薬理学などで少しその話が出てきたから、興味があって調べてみたんですよ」
「すげぇ……意外と勉強家だったのな、お前」
「やはり彼は、母乳に関しては並ぶものがいませんねぇ、僕なんてまだまだです」
田原と松本まで、おべんちゃら宜しく阿諛追従する。
そんな褒め方嬉しくないぞ。
「そういやわしも、漫画を読んでいると、医学用語の間違いが多くて、つい突っ込んじゃうんじゃよ。
例えば、某研修医残酷漫画で、眼球の『対光反射』が『対抗反射』なんて書いてあったんで、わし、つい作者に葉書きを送っちゃった事があるんよ。
そしたらコミックスの第二版からいきなり訂正されていたけど、わしには何のお礼も無かったわ……」
「いいじゃないですか、それぐらい!」
後藤先輩が、さらりととんでもないことを述べるため、俺は思わず突っ込んでしまった。
「小説でも、大学病院の研究室の描写が滅茶苦茶な話が多いんじゃ。
何故か医局に大学生が何人も所属していて、研究したり論文書いたりしてるんじゃが、工学部などの他学部じゃあるまいし、そんな馬鹿なことは有り得んわい。
確かに臨床実習などで一時的に学生がお邪魔することはあるが、それもせいぜい二週間から一カ月程で、実習レポートをちょろっと書く程度じゃ。
どうも作家さんは医学科に卒論があると思っている人が多くて困るわい」
「僕も、以前ジャンプを読んでたら、奇妙なホラーバトル漫画の第五部で、敵の医者に対し、主人公が『石手骨』とか存在しない骨の名前をのたまうのを見て、思わずスタンドが発現しそうになりましたよ。
コミックスでは『右手骨』に直っていましたが、それでもルビが『みぎてこつ』と、おかしかったですねぇ。
正しくは『みぎしゅこつ』ですよ」
松本までが会話に加わり、最早誰も麻雀のことは忘れかけていた。
「いっそ、こういうのをまとめて本にしたら、面白そうだよな。
それこそ医学の正しい使い道じゃないか?」
俺は、春の陽気に浮かれていたせいもあってか、つい思いついた事をそのまま発言してしまった。
「いいな、その案頂き!
お前の名前でコミケに応募してやるよ!
ここにいる面子で、同人誌創ろうぜ!」
突然田原が恐ろしい事を述べ出した。
いかん、こいつの変なベクトルに火を付けてしまった!
「おい、無茶いうな!
大体俺は、イラストなんか一個も描けんぞ!
文章だけじゃ売れんだろ!」
「その点は任せてください、僕は授業中鍛えた落書きのおかげで、PIXVランキングでも高位を狙える逸材と呼ばれるほどの、画力を手に入れたのですよ!」
「お前か、俺の実家に毎年毎年干支の擬人化美少女裸イラスト送ってくる奴はぁ!
なんで自分の名前書かねーんだよ!」
「あれは嫌がらせだからです!
どうせ毎年僕にくれないでしょ!」
「面倒くさいんだよ!」
「まあまあ、二人とも落ち着けよ。
つまり、錦織が文章担当、松本がイラスト担当ってことでいいな?
では、そろそろ冷えてきたし、麻雀も飽きたので、今日はこれにて解散!」
「おい、勝手に決めるな田原ぁ!」
田原がいつの間にか仕切りだしたので、慌てて止めようとするも、奴は聞く耳持たず、さっさとその場を後にした。
もちろん負け代を支払わず。