第七十三話「ハリエットの愛」
かつてこの世界には天駆ける黎明の覇者がいた。
火吹き山の王に威風堂々と跨り、超魔術で一国を滅ぼしうる無限の魔力を持つ大魔導師。
伝説に伝わる彼の名は『ルーシェリア・マリー・ド・ゴール・シュトラウス』
ミッドガル王国の王族であった彼は、瞬く間に世界を一つにまとめあげ平和な世の中を築き上げた。
その偉大なる功績の裏には、北の聖女と呼ばれる美しい姫君の助力があったという。
聖女の名は『ハリエット・マリー・ド・ゴール・シュトラウス』
二人は結ばれた。
世界中の人々が盛大に二人を祝福した。
そして、二人の間には、可愛らしい女の子が誕生した。
その子の名は『ステラ・マリー・ド・ゴール・シュトラウス』
愛称はマリーで、名がステラ。
彼女はマリーステラと名乗った。
……って、何でそうなるの?
「ルーシェリアの話を纏めると、こうなるってことでしょ?」
ベットに座りながらハリエットにも、未来から旅してきたドロシーのことやマリーのこと、そして未来で起こりえる可能性のある惨劇、召喚勇者のことを話した。
ハリエットも俺の未来の嫁だ。
出来ることなら俺の秘密を知った上で、受け入れていてほしい。
そんな想いで打ち明けたのだが、何故だか彼女の未来予想図は、こうなってしまった。
ハリエット姫は、いつも一人ぼっち。
さみしんぼだった。
事あるごとに『ルーシェリアに会いたい』と、言っていたそうだ。
ユーグリットを出立する日。
宮廷魔術師のエルヴィスに『姫様をよろしく頼みますよ』と、こんな話も含めて託されてもいた。
そのうち、彼女にも打ち明けようと機会を窺っていた。
それに今は同じ屋根の下で暮らしている。
俺がメアリーとドロシーを嫁に迎え入れるつもりでいることは、いずれ彼女も知るところになる。
何よりも彼女は人一倍、俺に対しての独占欲が強そうだ。
その時になって揉めたくない。
事前に俺から打ち明けておく方が、無難。
納得してもらっておいた方が先々安心だと思った。
そして彼女は許してくれた。
三人の妻を娶ることに納得してくれた。
ひとつだけ条件付きで。
「だって……わがまま言って、ルーシェリアに嫌われたくないもん……それにルーシェリアが自分自身で決めたことなんでしょ。なら、わたくしは素直に従うまでよ。でもね……結婚するのは、わたくしが一番先。それだけは譲れない。それで全部、許してあげる」
彼女は俺に擦りよると、そっと頭を俺の肩に預けた。
この条件はあってないようなものだ。
ハリエットに打ち明ける前に、そうなるだろうと予測していたからだ。
「ルーシェリアは色々と深く考え過ぎなのよ。もっと気楽に生きてみたら?」
「気楽にって……?」
「勇者のことも、魔逢星のことも、帝国のことも、一人で気負い過ぎなのよ。全部が敵に回っても別にいいじゃない。ハリエット・マリー・ド・ゴールは、ずっとずっと永遠にルーシェリアの味方だよ」
ハリエットはそう言って無邪気に、はにかむ。
そして俺を上目遣いで見つめると、「キスして……」
そう、小さく囁き、彼女はしっとりと瞼を閉じた。
……えっ!? キスするの?
目を閉じてる彼女には、あたふたしてる俺は見えてない。
ここは大人しく覚悟を決めた。
俺は恐る恐る彼女の柔らかい身体に手を回し、細い腰を引き寄せる。
白くて可愛らしい顔に少しずつ顔を近づけていく。
途端、ハリエットの両腕にぐっと力が籠る。
あと数センチってところで、彼女から唇を重ねてきた。
こんな風にキスをしたのは、生まれて初めてのことだった。
柔らかい感触にドキドキした。
彼女はずっと瞼を閉じている。
俺も瞼を閉じた。
ぷっくりとした唇を通して彼女の温もりを感じる。
頭の中が、ほわ~んとしてくる。
これがキスなんだ。
俺も幸せな気分で心が満たされていく。
そして、何となく、ふわっとした光に包まれた気がした。
……そっと唇が離れる。
彼女は瞳を潤ませていた。
頬も火照って紅くもなっていた。
「ルーシェリア……」
「な、なんだい?」
「愛してるよ」
「僕もだよ」
「……本当に?」
「うん」
「先に、死んじゃったら許さないよ?」
「う、うん……」
彼女の手に小さなクリスタルが握られていた。
「これは前に貰ったモノと同じもの……?」
「そうだよ。ルーシェリアの為なら平気だよ」
彼女の言葉が何となく引っかかった。
「ちょ、ちょっと待って……これって何個でも作れるものなの?」
どういった物なのか尋ねると、彼女の生命力をクリスタルに込めて作るものだった。
作れば作るほど生命力を消費するらしい。
彼女は己の身を削って、俺を救ってくれたってことなのか?
彼女はそれ以上、詳しく話したがらない。
それでも俺は、ハリエットを更に問い詰めた。
その結果。
この生命のクリスタル……。
無償の愛の結晶だった。
ひとつの作成で、約20年は生きられる分の生命力を消費するらしいのだ。
これで……二つ目だ。
既に、40年分の生命力を消費したことになる。
人族の寿命は100年ぐらい。
でも、それは病気も怪我もせず大往生した場合の話だ。
この世界での平均寿命が、かつての日本の水準よりも高いとは思えない。
俺は動揺した。
目の前で生きているハリエットが、儚く見えた。
「ハリエット……」
「なあに?」
「このクリスタルの生命力、戻せないの?」
「一度、作ったらもう無理だよ。でも心配しないで、長生きするんだから!」
長生きって……もう40年分も使ってるじゃないか……。
「君を失って、心が死ぬよりは楽なことなんだよ」
そう言ってハリエットがにっこりと微笑む。
目がしらが熱くなる。
零れおちるものを、我慢できない。
俺はハリエットを強く抱きしめた。
強く強く。
彼女が生きている今を噛みしめるように。
「も、もう! 痛いじゃないの!」
彼女の文句が心地よかった。
諦めたのか彼女も、慰めるように俺の背中を擦った。
「いいの……もう、十分、幸せなんだから……」
最後に彼女は微かな声で、そう呟いた。




