第六十七話「大空洞に眠るものを追い求めて」
「姫様……? ここは……」
「お目覚めですか、フローラ」
神聖魔法で、もう一人の誰かが息を吹き返した。
ハリエットは彼女をフローラと呼んだ。
彼女は三ヶ月近く石化していた。
記憶が曖昧になっているようだった。
それでも、記憶を遡ろうと必死になっている。
そして……何かを思い出したようだ。
嗚咽交じりに彼女が呟いた……。
「ア、アイザック様と、エミリー様は?」
「俺ならここにいるぞ、フローラ。貴公のおかげで命拾いした感謝する」
親父がフローラを安心させるように彼女の肩に手を置いた。
「話は後です、フローラ。エミリー様の石化を解除してきますわ!」
フローラの無事を噛みしめると、ハリエットは石化したエミリーに駆け寄った。
俺とメアリー、最後に親父がハリエットの後を追う。
フローラにはドロシーとシャーロットが付き添った。
息を吹き返し復活したフローラは獣族であった。
北国のユーグリット王国でも希少な白ウサギ族であるらしい。
ウサギのようにモフモフした耳が、だらんと垂れさがっていた。
その長い耳は、ずば抜けた聴力があり、ユーグリット王国では諜報部隊を率いるリーダー格であるようだった。
「母上……」
石化している母上を見た。
父は冒険者時代、母と出逢った。
母上は王侯貴族でもなく、元は一般庶民。
当時は駆け落ちだった。
父の一目惚れだそうだ。
王都へは先王が崩御する前に、病床にて許され戻ったと聞いた。
親父が一目惚れするのも分かる気がする。
我が母ながらエミリーは、とても美しいと女性だと思った。
「アイザックっ! 無事だったんですね!」
エミリーも無事、息を吹き返した。
親父がエミリーに肩を貸す。
エミリーは俺やメアリーがいる状況に驚いた。
親父がエミリーに、ここまでの経緯を懇切丁寧に説明する。
母上ことエミリーは安心したようだった。
その様子を見て、俺とメアリーも安堵のため息を吐いた。
俺は部屋の様子を一望した。
この部屋に籠ってる魔素が外壁を紫色に染めている。
前の部屋よりも明らかに魔素の濃度が高い。
炎の精霊王が焼き焦がしたキマイラの遺体を、それとなく見下ろす。
まさに異形だ。
ライオンの胴体の肩辺りから山羊の頭が不気味に生えている。
鱗を纏った尻尾の先にはヘビの頭がある。
このような異形な魔物が自然発生するのだろうか。
否だ。
キマイラは俺の前世? いや過去? の記憶における合成獣。
遺伝子を組み換えられ創造された生物。
そう、一言で言い表すならば、生物兵器ではないだろうか。
ミノタウルスもそうだ。
牡牛の頭に人族の身体。
ケンタウロスにしても一種の合成獣なのかもしれない。
この大空洞の奥底には何があるのだろうか。
前に魔法都市エンディミオンで知ったこの世界の歴史。
否応なく俺は思い出した。
魔法と科学。
レムリアとメガラニカとの戦い。
この世界はかつての地球だ。
そこまではハッキリしている。
竜王城でヘンテコなロボットが俺に見せた映像。
結城孝生……いや、ミッドガル王国初代国王、レヴィ・アレクサンダー・ベアトリックス一世。
日本人の彼が、ここは地球だと証明している。
物想いに耽ってると、大空洞を下降中のドラちゃんから連絡があった。
『主よ、我は苦戦している』
魔素に耐えきれない訳ではないようだ。
大空洞の中で魔物に襲われてる。
それも1体や2体では無いらしい。
ドラちゃんは語るより、見た方が早いと言う。
『我が見ているものをイメージとして主に伝達するぞ』
俺の脳内にドラちゃんが見ている光景がカッと浮かんだ。
ドラちゃんは次々と襲ってくる翼を生やした魔物と交戦中。
かなりの苦戦を強いられている。
大空洞に壁面にある無数の石像が、翼を広げ絶え間なく飛び立つ光景が垣間見える。
その数は優に千を超えるのではなかろうか。
「ドラちゃん、それ以上は無理だ。もういい! 引き返してくれ!」
ドラちゃんを襲ってる魔物の正体はガーゴイルだと思った。
横穴のボス部屋といい、この無数のガーゴイル。
何かを守護してるガーディアンだ。
やはり、この大空洞には何か秘密がある。
ドラちゃんは急上昇し、ガーゴイルを振り切る。
飛行能力は圧倒的にドラちゃんが勝ってる。
これなら無事に脱出できるだろう。
「さて、どうしたものかな……」
全員が俺の周囲に集まっていた。
この大部屋で多くの捜索隊が命を落とした。
しかし、彼らの遺体は一切なかった。
「喰らったのだろうな……」
親父が呟いた。
2匹のキマイラが骨も残さず捜索隊の遺体を喰らったのだろうと、父が嘆いた。
親父も母上も無事だったんだ。
ここが引き際だろう。
でもなぁ……正直な話、この先に何があるのか気になる。
これだけの魔素が立ちこめているのだ。
魔素が結晶化したモノが魔力結晶。
浮遊城やタイムマシンの動力源にもなる。
ここには濃密度な魔力結晶が眠っていそうだ。
俺が俺自身が、己の過去を取り戻すには、タイムマシンの起動は絶対だ。
今はそう考えている。
……だから、ここから先は俺の我がままの領域だ。
両親は元より、皆にはドラちゃんとともにユーグリットへ帰還してもらおう。
「ルーシェリア王子、あなた……まさか……」
「おいおい、ルーシェリア、バカなこと考えてるじゃないだろうな」
シャーロットの悲鳴にも似た呟きに親父が反応した。
「僕はこの大空洞を攻略する」
一同が唖然とした。
「ル、ルーシェ様、な、なんてこと言い出すのですか! ここで引き揚げるのが最善です!」
メアリーが慌てて俺の言葉に反対の意を示した。
もっともな意見だ。
俺自身も、そう思ってるからな。
「いいわ、ルーシェリア。私も付合ってあげる!」
ハリエットは乗り気だ。
恐くはないのだろうか。
まぁ、たとえ賛成してくれたとしても、連れていく気はさらさらないけどな。
ハリエットの身にまんがいちの事があったら、ミッドガル王国とユーグリット王国の仲が険悪になりかねない。
傭兵王ベオウルフは俺を信頼し、家宝でもある愛剣を俺に預けた。
剣は騎士の魂だ。
ベオウルフは己の魂と引き換えにハリエットを俺に託した。
俺の勝手な解釈だが、少なくともベオウルフとの約束は裏切れない。
ハリエットは無傷で帰さなくてはならない。
両親が助かったのもハリエットの神聖魔法があってのことだ。
「父上、バカなことを言ってるのは重々承知です」
「お前はバカだ。だが、面白い! ルーシェリアよ、一体、何を考えている?」
親父は俺の心内を探るように睨んできた。
己が何者なのか、知りたい。
だからタイムマシーンで過去の俺を見に行くつもりだ。
しかし、言い出せない。
出産の苦しみは男の俺にはわからない。
わからないけど、エミリーの前では、なんとなく言いだしにくい。
自分が母上の息子じゃないかもしれないと、宣言しているみたいで失礼だからだ。
だから、無難に好奇心を刺激された。
そう伝えることにした。
「この大空洞の秘密に興味が湧いたのです。僕は空を自在に飛べます。危険を察したら引き返しますので、父上はハリエット姫を連れて、帰ってください!」
俺の言葉にハリエットが不満そうな態度を取る。
が、親父は苦笑いをすると、俺の我がままを受け入れた。
「無理するんじゃないぞ、ルーシェリア」
「あ、あなたっ! お認めになるんですか!」
母のエミリーが苦笑するアイザックを激しく睨む。
「ルーシェリアが行きたいと申すのだ! 俺も先王の反対を押し切って、お前と駆け落ちしただろ? そんな俺に、反対する資格はない。それにルーシェリアには、真実を知る必要がある。その時期が来たのやもしれん」
「あ、あなた……」
エミリーが慌てて親父の口を塞ぐ。
「おっといかん! 思わず口が滑ったな……」
口が滑ったって何だ?
……俺には知る必要がある、真実? だって!?
何のことを言っているのだ?
「父上……僕が知るべきことって何なんですか? この先に何があるって言うんです?」
「それ以上は語れぬ。自分の目で見て、確かめてこい。ただし無茶はするなよ」
親父の口ぶりは、大空洞の秘密を知ってるかのようだ。
「父上は、この先に何があるのか、御存じなんですか?」
「あ、いや、すまん! 誤解させたかな、何も知らぬ。嘘ではないぞ! ただカッコ良く言ってみたまでだ」
くっそ! 掴みどころがない。何がカッコつけて言っただ。
実は俺自身が合成獣とかいうオチじゃねーだろうな?
「父上、母上、僕は間違いなくルーシェリア・シュトラウスなんですよね?」
「お前、頭でも打ったのか? そうに決まってるじゃないか」
「あなたは、私の大切な子どもです……願うならばルーシェ……ずっと母を愛していてほしいのです」
親父が俺のおでこに手を当てる。
そして、にこやかな笑みを浮かべた。
「うむ、大丈夫だ」
なーんか、腑に落ちない。
エミリーの言葉が意味心に感じたからだ。
俺は猜疑心を抱いたまま、メアリーに視線を飛ばす。
「どうかなさいましたか、ルーシェ様?」
「メアリーは僕の出産に立ち会ったんだよね?」
「とても可愛らしかったのを、今でも覚えてますよ」
そう言ってにっこり微笑んでくれた。
何かを隠してるとか嘘をついてるとかじゃなさそうだ。
親父の許可もでたんだ。
さっさと行って確かめてこよう。
ハリエットは両親とともに引き返すことになった。
シャーロットも魔力欠乏状態でふらふらだ。
無論、フローラも引き返す。
ところが、メアリーとドロシーは頑として引かなかった。
死んでも着いてくると言う。
俺は渋々、二人の同行を認めるしかなかった。
「ルーシェリアよ、何があっても母を愛しておるな?」
「無論ですよ、父上」
「ならば良し、行って来い!」
家族愛の再確認なのか?
もしや俺ではなく、母上に何か秘密があるのか?
俺はそれとなく母上の表情を窺った。
「ルーシェ……無事に帰ってくるんですよ!」
「あ、はい!」
優しげで懐かしい眼差しだ。
過去の母と同じ香りがした。
俺の事を本気で愛してくれているのだろう。
とりあえず俺は親父達をユーグリット王国へ送り届けるように、ドラちゃんに命令。
大空洞の入口で親父たちが戻ってくるまで、待機して待っててくれと頼んだ。
「あ~ん、ずるぃ! ルーシェリア! 私も行きたいのですわ……」
フローラの刺すような視線が、ハリエットの胸を釘止めている。
「んもぅ! フローラったら! 石化したままほっとけば良かったですわ!」
フローラが、断じてハリエットの同行を許さなかった。
シャーロットとエミリーが心配そうな眼差しで俺達を見送る。
「心配いらない、無事に帰ってくるよ」
俺は皆に微笑んだ。
そう……これで、いいのだ。
過去を知ってこそ、未来に挑める!
その一歩を今、踏み出したのだ。
未来の嫁とともに。
メアリーとドロシーは俺が命に代えても守る!
俺は二人を連れ、更に奥へと歩を進めた。




