↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/110

第六十話「花咲く氷の女王」

「ル、ルーシェ様……さ、寒くてたまりません」


 メアリーは俺の背中にぺったりと張り付いている。

 ガクガクと寒さで震えてるのが、ありありと伝わってくる。

 

 そういやメアリーって人一倍、寒さが苦手だったんだ……。

 周囲の空気を魔術で温めてもみたのだが、ドラちゃんの高速飛行だと温めてもキリがない。

 温かい空気は直ぐに後ろに流れてしまう。


 はぁ……っと溜息をついてると、山頂を雪で隠す白竜山脈が視界に入った。

 近づくに連れ、寒さは急激に増していくようだ。


 各自、リュックサックから防寒具を取出す。

 ミッドガル地方は春先だと言うのに、ユーグリット地方へ向かうほど冷たい空気が肌に突き刺さる。


 メアリーのリュックサックには、ちゃんと俺の分も用意されていた。

 それとは別に、俺はこっそり持ってきていた。

 誕生日にメアリーからプレゼントされた手編みの手袋。

 俺が身につけるとメアリーは嬉しそうに微笑んだ。

 その微笑みを見て俺は満足した。


「ルーくん、白竜山脈を抜けると、ユーグリットだよ」


 ユーグリットは永久凍土の極寒の地、前にソーニャがそう語っていた。

 

「王子知ってますか? 白竜山脈は花咲く氷の女王の棲みかでもあるのですよ」

「氷の女王?」


 ドロシーはメアリーの後ろにいる。

 俺は後方に振りかえり、詳しいことを尋ねた。

 

 氷の女王とは、竜のことのようだ。

 火吹き山の王と対を成すように存在する、ホワイトドラゴンのことであった。


『白竜山脈を抜けるには、花咲く氷の女王の許可がいる』


 ドラちゃんがドロシーとの会話に割り込んで来た。

 どうやら通行するには、許可とやらが必要らしい。

 勿論、北東より迂回すれば白竜山脈を通る必要もない。

 しかし、そうなると更に二日ほど余分に日数がかかる。


 俺はドラちゃんに質問する前に、シャーロットにも尋ねる。

 今度はどう答えるのだろうか。


「火吹き山の王に聞くとよろしいわよ。ルーシェリア王子」


 涼しげな笑みでシャーロットが髪をなびかせた。

 ドラゴンのことだしドラちゃんに聞けってことなん?

 ちょいと拍子抜けたが……。

 まっ、いっか。


「ドラちゃん、許可してもらうのに必要な条件ってあるの?」

『花咲く氷の女王は気分屋だ。特に条件のようなものはない』


 ご機嫌斜めだと許可が下りない可能性もあるじゃないか。

 大丈夫なんかな……。


『あれが、花咲く氷の女王の神殿だ』

「わあ、綺麗~」


 後ろからメアリーの感嘆の声が聞こえた。

 見下ろすとキラキラと輝く神殿が目に入る。

 氷で建造されているようだ。

 このまま素通りできそうな気がしないでもないが……。


 ドラちゃんの話によると、花咲く氷の女王は温和で優しいとのことだ。

 間違っても戦闘になることはないだろう。

 それに立ちよることを、しきりに勧めてくる。

 ならば、さくっと許可を貰っていくとするか。


 ドラちゃんが旋回しながら、下降していく。

 俺達は神殿の床を踏んだ。


 途端、ドロシーが前のめりに転んだ。

 氷の床だった。 

 ドロシーが滑るように転がっていった。

 一同がそれを眺め見るように見送った。


「つ、つめたいのです……」

「ほんと、ドロシーはドジだなぁ」


 やれやれと、声をかけながら彼女の手を取る。

 彼女が恥ずかしそうに上目遣いで俺を見る。

 今までドロシーが転ぶのを俺は何度見たことだろうか。

 氷の床は滑々で慎重に歩かないと、ドロシーじゃなくても転びそうだ。

 全員が慎重に一歩一歩、強く踏みしめながら歩く。


「王子は氷の上でも、へっちゃらなんですね!」


 普段通り歩く俺を見て、ドロシーが微笑む。

 実は俺……歩いてない。

 床、擦れ擦れに宙に浮き、歩いてるフリをしているだけだ。


 よくよく見れば、本当に苦労してるのはドロシーとメアリーだけであった。

 シャーロットは風の精霊を操り、ソーニャは器用に風魔法を使っていた。


 手を貸してやるか。


 いつもはメアリーに手を引いてもらうのだが、今回は俺からメアリーの手を取った。


「ルーシェ様、ありがとうございます」


 右手にドロシー、左手にメアリー。

 両手に花とはこのことだ。


 神殿の内部に入る。

 床も壁も柱も全てが氷だった。


 魔力を感じる。

 感じるが弱い。

 この魔力の主が、白竜なのか?

  

「白竜様は、ユーグリット王国の守護竜とも呼ばれてるんだよ」


 ソーニャが自慢げに「えっへん」と語る。


 白竜は竜の中でも光属性が強く、千年前の魔神戦争時も邪神に支配されることはなかったそうだ。

 

『我は千年前、花咲く氷の女王と一戦を交えた』

「おいおい、それって今はちゃんと仲直りはしてるんだろうな?」

『無論だ』


 のっし、のっしと、ドラちゃんも神殿の中を歩いている。

 竜の神殿だけあって、天井も高い。

 ドラちゃんの巨体でも難なく進める。


 通路の先、天井から射し込んでいるのか、新たな光が漏れている。

 その先に、花咲く氷の女王がいるのかもしれない。


 わくわくしてきた。

 シャーロットとドラちゃん以外は緊張しているようだ。


 大広間にでた。

 だが、その大広間は朱に染まっていた。

 それは体内からドクドクと流れ出たかのような血だ。

 血で床が真っ赤に染まっていた。

 またその血は凍りついてもいた。


 花咲く氷の女王……。

 白竜……いや、ホワイトドラゴン。


 小ぶりの身体を猫のようにまるめ、静かに瞼を閉じていた。


 ドラちゃんが悲しみの咆哮をあげた。

 魔力を帯びた咆哮は、悲しみで溢れ返っていた。

 

 俺は花咲く氷の女王に触れた。

 氷のように冷たい。

 その胴体、血痕の流れを目で追う。

 剣で負った傷だ。

 花咲く氷の女王は何者かの手によって、刺し貫かれ絶命していた。 


「誰がこんな酷いことを……」


 ドラちゃんに涙腺があるのだろうか。

 丸い瞳が濡れているように感じた。

 この場にいる全員が意気消沈する想いだった。


「お、王子!」


 ドロシーが叫んだ。

 全員がドロシーに近づく。

 

 ドロシーが何かを優しく拾い上げた。


 卵だ。


 花咲く氷の女王の産んだ卵に違いない。


 弱い魔力を感じていた。

 だからまだ息があると思っていた。


 ソーニャは床にひれ伏し泣いていた。

 いつも明るいソーニャが泣き崩れる姿を俺は初めて見た。

 ソーニャだけではなかった。


 メアリーもドロシーも涙いっぱいに浮かべていた。

 シャーロットだけは涙を振り払うかのように、周囲を警戒している。


 もしかしたら花咲く氷の女王を殺った何者かが、まだ近辺にいるかもしれないのだ。

 こんな酷いことをするのは、法王庁か?

 召喚勇者の中の誰かなのか? それとも……見知らぬ誰かなのか?


 俺も周囲の魔力探知に努めた。

 しかし、もうここには誰もいないようだった。


 ドロシーが大切そうに卵を抱いている。

 

「ドロシー、転んで割ったりしたらダメよ?」

「はい、なのです」


 シャーロットがドロシーに注意を促す。

 心配になった俺はドロシーが抱く卵の殻を軽く指先で叩く。

 思った通りだ。

 ダチョウの卵のように殻は厚く硬い。


 俺は花咲く氷の女王の身体を氷結させた。

 安らかに眠る、花咲く氷の女王。

 いつしか優しげに瞼をそっと開き、復活するような想いに駆られた。

 

 そんな日が永遠に来ないとは言い切れない。


 この氷の棺は永久氷壁。

 もう決して誰にも、君を傷つけさせない――――。


『主よ、感謝する』


 花咲く氷の女王はドラちゃんの妻であった。


 俺達は静かに追悼し、一晩ここで過ごした。


 明日にはユーグリット王国へ到着するだろう。


第8章【完結】です。次話から新章になります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。