閑話「ホークアイ」
※改稿済み(2017/6/2)
少し長めになってますヾ(。>﹏<。)ノ゛✧*。
桐野悠樹は思い悩んでいた。
このまま法王庁の命令に言われるがまま、純朴に従い続けていて良いのだろうか、と。
桐野悠樹を含む召喚勇者達はこの世界の住人ではない。正確にはこの時代の住人ではないのだ。
平凡な日常。それも授業中に突如、教室の床に魔法陣が浮かび上がった。
得体の知れないそれに教室は大パニックである。誰もが得体の知れないそれを恐れ、困惑し、教室から逃げ出そうとしたものの魔法陣がぱあっと発光すると、教室の天井には渦を巻いたような物恐ろしい亜空間が出現。成す術もなくクラスメイトの全員が乱雑に亜空間に吸い込まれてしまったのだ。
目が覚めた時。桐野悠樹はベッドに寝かされていた。身を起こし周囲を窺うと、クラスメイト達もベッドに寝かされていた。無論、戸惑いはあったがクラスメイトの誰もが無事のようでほっと胸を撫で下ろす。
また、記憶の断片を掘り起こしつつ現状把握に努めていると、首筋にチクリと軽い痛みが走ったのだが気にするほどの痛みでは無かった。
この時点で全てのクラスメイト達が既に改造されていた。彼らの頸椎にナノインプラントが埋め込まれたのだ。このナノインプラントは超科学が生み出した産物。
通常、人間の脳は10パーセント程度しか機能していないと言われているのだが、適合者に挿入することによって、脳を驚異的に覚醒させ未知なる力を対象者に与える。超科学を操る何者かは、桐野達、旧時代の人類を適合者に選んだのだ。
ゆえに彼ら召喚勇者は異常なまでの身体能力、特殊能力、魔力を得るに至った。
桐野悠樹はこの世界について一つの結論を導き出していた。
その結論は親友の一条春瑠がたまに楽しげに語るラノベのような展開。しかしその実態は近からずも遠からずである。
未来の地球なのだから。
それも1万2千年後の地球に拉致されているなど桐野の想像の枠の外であった。
目が覚めたら神聖王国ヴァンミリオンと呼ばれる国におり、その国にはアリスティア教の本殿があり、本殿には金色の瞳を持つ法王が鎮座していた。
法王は彼らに語った。邪神の魔の手よりこの世界を救ってほしいと。
それから間もなくして彼らはミッドガル王国へ旅立つ。
ミッドガル王国にあるアリスティア神殿にて特訓するように命じられたからだ。
それからというもの日々、世界を救う勇者として研鑽し汗を流した。それぞれが能力に見合った称号をミッドガル国王より授与される。
郷田はその中でも一番の実力者と認められ青天井のように喜んでいたが、桐野は腑に落ちない日々を暗澹と過ごしていた。また諦めに似たような気持ちで成り行きに身を任せていた。彼はラノベのような展開に飽き飽きしていた。将来の夢はプロのサッカー選手になることだったからだ。
それからほどなくして郷田と骨山が殺された。間宮と清家は牢獄に繋がれる。
彼らとは特段仲の良い間柄でも無かったが、心に衝撃を受けたのは否定できない。
また、その事件によって第二の勇者に抜擢されたのだが、嬉しくも何ともなかった。
むしろ桐野は得体の知れない恐怖に襲われた。郷田達の行動は軽率であったのだが、竜王を襲撃するように実際に指示を飛ばし命令したのは法王庁のシメオンだったからだ。
桐野達は法王庁はこの世界での正義の代弁者であり、法王庁こそが正義であると何度も聞かされていた。闇の者達を駆逐し殲滅せよ、と。
ところが蓋を開けたら郷田達は重罪人。桐野は何が何だかわからない状況に陥っていた。
そんな時期に、ルーシェリア王子が神殿まで見学に来たのだ。
間が悪いとも思った。クラスメイトの大半が郷田達に重い厳罰を処したミッドガル王国に対し不満を訴えていたからだ。逃げ出した3名も捕らえられ処刑されたと聞く。
そもそも桐野達はごく普通の高校生。勉学に勤しみ部活動で汗を流し、それは日本という国が定める法律で担保されていることでもある。平穏な日々を満喫していたのだ。
もう意味のわからないこの世界の常識や政争に巻き込まれたくない。
桐野がそう考えるのは不思議なことでなかった。
(もう……うんざりだ……)
訓練を終えた桐野は自分の部屋に、一条春瑠と姫野茶々子を招き入れ今後の取るべき行動を話しあっていた。
「春瑠はどう思う?」
桐野悠樹は一条春瑠に逃亡したクラスメートの3名が、あっさりと捕縛され処刑されたことについて尋ねた。
「僕は、このプレートが怪しいと思ってるよ」
「だよな……」
プレートとは召喚勇者の称号授与式の折、国王より与えられた金色のプレートのことである。この金色のプレートを持つだけで特別待遇が得られた。
プレートを見せるだけで武器屋も食堂も、その全ての支払いを王国払いで済ませることができた。欲しい物はなんでも無料で手に入る夢のプレートなのだ。
「捨てるのは惜しいと思うわ……でもこれが一番怪しいわよね」
姫野茶々子も同意見のようだ。
そう桐野達は逃亡を企てているのだ。
「微量に発せられている魔力を感じるよ。悠樹くんが言うようにこれで逃げ出した3名は追跡されたんじゃないかな? 呪われてるようなアイテムじゃないみたいだけどね」
一条春瑠が念入りに観察しているプレートに、姫野茶々子は訝しい視線を投げかけ、
「もう捨てちゃいましょうよ。どうせ逃亡したら使い物にならないんだし」
プレートは法王庁より肌身離さず身につけているように厳命されていたのだが、桐野悠樹も迷うことなく頷く。
「そうだな……プレートは破棄しよう」
そして間をおかずして姫野茶々子が桐野悠樹に問いかけた。
「で、いつ決行するのよ? それからどこに逃げるのよ?」
桐野悠樹は考えた。桐野達3名は法王庁よりミッドガル王国とユーグリット王国の国境線にある白竜山脈に棲むといわれる白竜討伐を命じられていた。
その命令を受けた時、3名は何ともいえない不安に駆られた。またしても竜がらみであるからだ。無論、桐野達はその命令を実行する気は毛頭ない。
「逃げるタイミングは途中だな……」
「え?」
「へ?」
桐野悠樹の呟きに二人が間の抜けた声を返すと、さらに桐野悠樹は話を続けた。
「白竜山脈に向うと見せかけて、フェリエール港から西の帝国に抜けるんだ。帝国は法王庁教圏でもないからな。だから追手も回避できると思う」
桐野悠樹の提案に姫野茶々子は首を傾げ疑問を口にした。
「それって帝国に亡命するってことなの?」
桐野悠樹は慌てるように茶々子の言葉を否定。
「ちがうちがう……そんなことしたらそれこそ身元が割れて捕まる危険が増すだけだろ?」
「じゃあどうするの? お金もないのよ? 野宿は勘弁よ……お肌にも良くないし……」
桐野達はこの世界で通用する貨幣を持っていない。逃亡と同時にお金を稼ぐ手段も考えないといけないのだ。
「とりあえずファリアス帝国には巨大な地下迷宮があるんだよ。オレ達はそこを目指そうぜ!」
「地下迷宮……?」
姫野茶々子にはピンとこなかったようだが、一条春瑠には桐野悠樹の考えがおおよそ理解できたようで明るい笑みを浮かべた。さらに桐野悠樹は姫野茶々子が理解できるように丁寧に説明する。
「ああ、そこでは様々な冒険者が一獲千金を夢見て日々挑戦しているらしいんだ。つまりダンジョンならオレ達の強さも活かせるし、冒険者の中に溶け込んでしまえばいい。冒険者ギルドもあるしクエストを受ければ日銭も稼げる、宿屋にも泊れるし美味い飯にだってありつけるさ」
姫野茶々子は桐野悠樹の説明で納得したようだ。彼女にとって重要なのは生活の質を落とすことなく逃亡生活を維持することなのだ。この世界にはシャワーがない。アリスティア神殿には大浴場があるが、一般市民のほとんどが水浴と聞いて辟易していた。衣食住が安定することが大前提であった。
「後はどうやって海を渡るかだよな……最悪泳ぐしかないかもな……」
桐野悠樹の呟きに姫野茶々子が難色を示した。
「泳ぐってどういうこと? 港に行くんでしょ? 船で渡るってことじゃなかったの?」
ファリアス帝国とミッドガル王国は敵対しているが、全ての貿易まで拒絶し合っている訳でもない。互いの利益になる特産品などの貿易は盛んに行われているのだ。
だからといってその貿易船に乗り込める訳ではない。逃亡の身では厳重な審査を掻い潜ることが極めて困難である。
桐野悠樹がフェリエール港から帝国に抜けるように提案した理由は、大陸と大陸を挟む海の距離が短く、途中に孤島も存在している。つまり彼は最初から泳ぐつもりだった。だが、姫野茶々子は髪が濡れることも服が濡れることさえも拒絶するのは目に見えていた。
「その点は心配いらないよ。僕の魔法で何とかするよ」
一条春瑠の言葉で姫野茶々子の表情が明るくなる。しかし、一条春瑠はどんな方法で海を渡ると言うのだろうか。桐野悠樹はすぐさま一条春瑠に問うた。
「どんな魔法なんだ? まさか海を凍結させながら歩くとか言わないよな?」
「マンガじゃないんだし、そんなことは僕でも無理だよ」
「じゃあ、どうするのよ? ルーシェリア王子のように空とか飛べないの?」
「あはは……空を飛ぶなんて無理だよ。僕は風魔術は苦手だし、空を飛ぶなんて間宮くんの魔力総量でも無理だよ。頑張っても100メートルぐらいが限界じゃないかな? でもね僕には水面を歩く魔術があるんだ。ただ、途中で魔力が尽きちゃうと、海にどぼんだけどね」
「どぼんじゃ困るのよ! どぼんじゃ!」
あははと後頭部に手を当てて微笑む一条春瑠に、桐野悠樹が真剣に尋ねる。
「実際……どうなんだ、春瑠?」
「対岸まで10キロ……僕の魔力だとその半分かな。でも途中に孤島があるんだし経由したら無事に渡れると思うよ」
一呼吸入れて、姫野茶々子がツインテールを掻き上げ、一条春瑠に視線を向ける。
「その島はどんな島なの? 安全な島なの?」
「うーん……どうなのかな? 一応ファリアス帝国領の島だし駐屯兵がいるだろうね。でもこっそりと休憩することぐらいはできるんじゃないかな? ダメなら、それこそ悠樹くんが言うように泳ぐしかないかもね」
「なら……休憩できることを期待するわ……」
姫野茶々子は溜息を漏らした。
一条春瑠は逃亡することでやっと異世界を満喫できるとわくわくしていた。
現段階の彼らには未来の地球だと知る術も機会もなかったのだから。
二人の決意を満足しつつ眺めていた桐野悠樹は、神殿で戦ったルーシェリア王子のことを思い出していた。そして呟いた。
「あいつ……凄かったよな」
二人がきょとんと何の話って言いたげな表情で桐野悠樹を見る。
「ルーシェリア王子だよ。オレ達、召喚勇者を相手に臆するどころか彼は手を抜いていたよな……それに子どもとは思えないほど聡明だった。あんなことがなければ仲良くなれたかもしれないな……」
一条春瑠もルーシェリア王子とはそのうち打ち解けることが出来るような気がしていた。
しかし、姫野茶々子は苦言を呈した。
「わたしは素直にそうは思えないわ……だって……みんな危うく死にかけたのよ? 幸い死傷者は出なかったけど……渚なんて氷漬けにされて死線を何度も彷徨ったのよ……」
「まあ、想いは人それぞれだ。とりあえずオレ達は自由になろう。元の世界に帰る方法がわからない今、この世界で生き抜くことが先決だからな」
二人は桐野悠樹の言葉を強くかみしめた。生きてさえいれば元の世界に戻る方法が見つかるかもしれないと。
◇◆◇
白鳥渚はアリスティア神殿の一室で目を覚ました。
白亜の大理石で建造された天井は美しく艶やかだ。しかし白い天井であってもやはりここは病院では無い。見知らぬ世界のままであった。
「わたしは何も悪くない……」
白鳥渚はか細い声でそう呟いた。その彼女の瞳には涙が溢れていた。
白鳥渚は大企業の令嬢であった。しかし彼女は航空機の墜落事故で両親と唯一の理解者であった兄を失っている。
それからの白鳥渚にとって世界は空虚で現実感のない世界だった。
両親を失った渚の周囲にいた親戚などは白鳥財閥の権力争いや相続に血眼になるだけであり、両親を失った渚の気持ちを顧みる者など皆無であった。
そして白鳥財閥の後継者となった伯父は、当時まだ小学生でしかなかった渚を裏切った。
私利私欲に溺れ、実質白鳥財閥の実権を思うままに振るい好き放題の日々を送ったのだ。
しかも伯父にしてみれば、株式を多く保有している渚は非常に邪魔な存在で、伯父は渚に悪いようにしないから株式を譲るようにと提案。しかし渚は断った。
すると、両親が存命中の頃は優しかった伯父なのだが、手のひらを返したように渚に辛く当たるようになったのだ。その日を境に伯父は変貌した。渚を殴る蹴る。日常と化してしまった。
もう人を信じることが出来なくなっていた。それからの渚は意味もなく一人で不気味に微笑むことが多くなっていた。心を閉ざしたというよりも、世界中の者達、全てが敵だった。
心は完全に闇に閉ざされ、所謂ヤンデレ状態になっていたのだ。
高校生になると、一人で夜の繁華街を毎晩のように彷徨う。
酔いつぶれてもなお肩を支え合うサラリーマン。幸せそうに笑顔を振りまく恋人達。
リア充どもにムカついた。
ふらふらと彷徨い。気がつけばとある怪しげな店で金をばら撒き金の力で悪い仲間を沢山作った。金の力で人の心を操り、幸せそうな者達には彼らを使って意味もなく制裁。不幸のどん底に叩き落とした。それでいて学校では大人しい少女を演じていた。
しかし演じているというよりも、むしろクラスメイト達が眩しく近寄りがたかった。
将来の夢を語りつつも今を楽しく生きている彼らに溶け込む術がわからなかったのだ。
学校では一人ぼっちだった。ずっと一人ぼっちだった。
だが、そんな彼女に声を掛けてくる女子生徒が一人だけいた。
如月澪という名のその子は、他のクラスメイト達とは一風変わった存在で、よく『わたしには霊感があるの』と渚に語る。
趣味はタロットカードで、クラスの中でも恐いぐらい当たると評判であったのだが、渚はそんなオカルトじみた澪を心の中ではバカにし蔑んでいた。
渚の会社は世界でも有数の総合商社で食品から薬品、エネルギー開発から武器の製造など、あらゆる分野を手掛ける軍産複合体の一翼を担っていた。
オカルトなんてバカバカしい。科学という名の対極の環境の中で育ってきた渚には到底理解できるものではなかった。だがしかし、如月澪は白鳥渚を霊視した。霊視とは肉体的な感覚ではなく、霊的に見ることだ。閉ざしていた秘めたる想いを次々に当てられた渚は驚いた。
それから如月澪は渚の良き相談相手になっていった。少しだけ彼女には本音が語れる。そう思えるようになって来ていたある日。教室が混乱の渦に巻き込まれたのだ。
見知らぬ世界に来た渚は、金が持つ力を失っていた。今までは金の力でうっぷんを晴らしていたのだが、それが出来ない。だが、白鳥渚は訓練の途中、己の能力の凄まじさを理解した。
その能力は誰よりもずば抜けていると。
彼女に身についていた能力は障害物を透かしてその先を見る特殊能力。さらに聖女適正で放つことのできる聖なる矢であった。
特殊な力を得ながらも、渚は能力を誤魔化すように物理的な弓を愛用した。
それには理由があった。弓の技術を身につけるほど聖なる矢の飛距離も命中率もあがったのだ。しかも聖なる矢はちょっとした壁ぐらいなら難なくすり抜け、壁の先にいる獲物を射止めた。
また、人を信じることが出来ない渚は法王庁も信用していない。能力を隠し続けた。
陰鬱とした気持ちの中で、渚は微笑んだ。ベッドの上で弓を引くポーズをし、聖なる矢を撃ち放つ。矢は壁をすり抜け、大空を舞う鳥を撃ち抜いた。
「うふふ、メアリーだっけ?」
守るべき大切なものが何一つない渚はメアリーが羨ましかった。
その羨ましいと思う気持ちが、嫉妬に変わり、メアリーの微動だにしない強い決意がうざかった。
(ルーシェリア王子が死んだら……あの子。どんな顔する?)
「楽しみ」
凍傷も完全に癒えた渚は一人、不敵な笑みを浮かべるのであった。
【第七章:完】次話から新章に突入します。




